ときどき無性に見たくなる絵がある。
例えば、バーネット・ニューマンの絵がそうだ。
とりわけ、明るい赤一色に塗り込められた巨大なタブロー「アンナの光」。

初めて見たとき、なぜか全く理由のわからないまま、涙が出た。
以来ずっと忘れない。

川村記念美術館に長く展示されていたが売却されて今は見れない。この絵を見るためだけに行っても充分だった。

ニューマンの最大の作品で2m74.3×6m9.6cmもある。画面一杯に鮮やかな赤の色が満たされ、両端にわずかな白い余白がある。

アンナとは、この絵を描く3年前に亡くなったニューマンのお母さんの名前だという。
ニューマンは、事前に構想を練らずに制作を始め、絵を描きながら生まれた感情から、タイトルをつけたそうだ。
それを知ったのは初めてこの絵を観てからしばらくたってからだった。

一面の赤から伝わってきたあの沈黙と感情が作者の母へと繋がっていたことを知ったとき、僕は絵画制作という行為の奥にある「光への切実さ」を知らされたようだった。

描くこと。
語らぬが故にこそ全てを語ること。
語りかけてくる沈黙を生み出すこと。

それは、観る人の感受性をひたすら信じて、何かを差し出し続けることなのかもしれない。

一枚の絵の存在とは大変なものだと思う。