過日、作家の石牟道子さんのドキュメントが放送された。
ついに完結した『苦海浄土』。その軌跡を取材したものだった。

石牟さんの作品を読む時は、覚悟が要る。
ぎっしり、そこに存在があるから。
魂の言葉たちが、読み手の心を見つめているようだ。

一文字一文字、毛筆によって言葉を紙に綴っていらした。
その景を目にすることが出来たのは、幸運だった。

精神が染み込んで文字となる。
その瞬間を垣間みたようで、僕は畏怖さえ感じた。

大切なものに本気で接してきた人の字は、すごい。
手が書く字は、そのまま肉体につながるもの。
肉体が、いのちの軌跡が姿となったものとすれば、そこから溢れる筆跡は魂の形かもしれない。
一筆をはこぶ石牟さんの手や、その手から溢れ出る点や線、そのにじみかすれうごきを見て、
目頭が熱くなってしまった。

「はなびらを ひとつひとつ 置くように 言葉を書いてきました」

石牟さんは、そのように語っていられた。
静かな声。
骨にまでとどくような声だと感じた。