パイプオルガンの不意打ちのなか、
飛び散るような眼光の人影が立っていた。
落雷のような、とはコレだと思った。

劇場の壁や、舞台は、
暗闇よりも真っ黒な穴が口を開けているかのごとく深々としていた。
大きな帽子と白い花が、すらりと歩いて消えた。
ジュネの夜と土砂降りの日本海が渾然としたような錯覚をおぼえた。

ラ・アルヘンチーナ頌。演出・土方巽、舞い手・大野一雄。

85年有楽町のホールで、僕は初めて「O氏の踊り」を観た。

いま、あの初めて見たステージに重なるのは、
大きくて力強い手のひら。坂道。アップライトピアノ。
正座した膝。銀ぶちの眼鏡。小さな目。跳躍する言葉。
北の川さかのぼる鮭のこと顕微鏡にうつる精子のこと、
イノチの話が、なぜだろう、すこしばかり恐ろしくもあった、
なぜだろう、いまだにわからない。

恩師のさらに師にあたる。
ほとんどの人が「せんせい」と呼んでいたが、
僕の中ではずっとアノ瞬間が消えなくて、
舞台上の「O氏」として、
実在にして不在の大きな人影として、
存在し続けていた。

眠りの中で見る夢は、いつしか消えてなくなってしまうが、
劇場で見る夢は、どこまでも膨らみ時の流れに関係なく深く心の中に染み込んでゆく。

そのことを示してくれた一人が大野一雄氏だった。

きのう朝がたに訃報を知った。
一日が、とても長かった。

じっと空をみた。
その青の向こう側に劇場があって、
そこではと、
そう思えばいいのだと、じっと空をみた。

大きな帽子と白い花が、すらりと歩いている
あの姿が、こころのなかにくっきりとみえる。

こころよりご冥福をお祈りします。