過日・・・、小澤征爾さんのゲネプロを見学できるというので、あわてて水戸まで走った。中学か高校か、ともかく思春期の苛立のなか、初めて音楽が人を泣かせると思い知ったのが「オザワ+BSO」の演奏会だった。指揮台がない、タクトをもたない。身体のうねりが音を招き寄せ、音を奏でる衝動を駆り立て、地上に降り立った音を祝福してまた身体がうねる。呼び交す波のような・・・。交感、それが芸術の芯だということをあらためて目の当りにした。演奏家たちの技術は美しい器のようだと思った。至福の交感を支える確かで繊細な器。確かな足場があると、やはり楽しくなる。この日は、メンデルスゾーンコンサート。しかし最初、いきなりバッハが始まった。2番組曲のエア。20年前、このホール開館のときに奏でた、音楽会が始まる前にやっておきたい、と小澤氏は言う。G音がしみこむ。会場にいる全ての人の心がひとつになってゆくのだろうか、ホール内に静かに集中力が満ちあふれてくるのを感じる。そして稽古が始まった。メンデルスゾーンの世界へ。目が覚めるようなト短調のピアコン。小澤氏のエネルギーと対峙する小菅 優 さんのピアノは、シャーマンかと思うような音楽の降ろし方だ。凄いな。そしてわき上がる泉のような『真夏の夜~』に、渇きを心底うるおしてもらえた。小澤氏の手にかかると、音楽は水の流れのように澄みわたる。それでいて熱い。曲だけではなかった。最終稽古という時間そのもの、セッティング、通し演奏、直し練習もふくめ、実にスピーディーでリズミカルな時間が流れてゆく。万事が素早くてダイナミック、そして、くどさがない。集中力の渦巻きが、コンサートホールを満たしている。一期一会の緊迫感が、豊かな解放を保証している。小澤氏と全ての演奏家が「一緒になって」時や音や人の気持ちの流れを構築してゆく、その仕方その存在感に触れることができたことが本当に嬉しかった。「響き」は、やはり、人と人のあいだに生まれてくるのだった。