planB(東京・中野)。創造の場所にして、人のつらなり。
僕もしばしばお世話になり、最近では多くの作品やきっかけの場所となった、その場所のコレカラを話し合うという輪に、過日、同席させていただいた。1月5日。
踊りはもとよりアート全体、東京の磁場であり続けたこの場所。前衛の牙城がイマを迎えている。ここでの活動は、ほとんど身を切るような持続の中で行われている。個の衝動を個の責任でカタチにすることが原則。そこに何かしら癌が生じつつあるのだろうか。1月一杯、閉鎖するという。それで今後の運びを考え直したいと・・・。開場以来の1ヶ月閉鎖という事態は、成り立っていないからではない。成り立っており、かつ、現状の退屈・不満足の極が達してとのこと。
「心の底から素晴らしいとは思えない」という言葉から、観客のみならず、舞踊家、映画監督、劇作家、音楽家・・・、何かしらせっぱつまった人が集まり、午後から深夜におよぶ対話を温めた。
発起人の木幡さんは、場所の運営以上に、表現の、個の活動の、現在、に対する心配を話され、対する各自も問いは近しい。いま、本当に、これで良いのか、と。
当然、話は右往左往し道に迷う。語る人、聴き続ける人、怒って帰ってしまう人も。しかし、交差する「思い」が夜にかけて滲んだ。明快ではない、しかし、共有しうる温度・湿度。齟齬をも含め、人間同士が何を大事にスべきかを話している感があり、この場所の壁が床が、じっとそれらを呼吸している。そのさなか、ふと気付いた。語り合う。このような時を忘れていた、ことを。
自分で自分でと、何もかもやっていたのではないか。話し合うことを怠ってきたのではないか。(そもそも、このような問いかけが発せられ討議しうる劇場自体、いまいくつあるのか。このように集まることができる事実は重い。この場を失いたくない。)
正直、僕自身、問い続けている。個は「つながって」あるか、幸福といえるか、充実といえるか。勝手は横行するが自由とは少々ちがう。親を殺す子がいる、子をいじめる親がいる、同世代だ。僕らは何を紡いでいるのか。いま、人がせっぱつまっている。そのさなかで表現をと言う僕自身しかし、小さな充足にしがみついてはいまいか。ごまかしはないか、嘘はないか。問いながら、このステージで踊ってきた。
感情、肉、知。せっぱつまったものがあり、それが表現の火種だ。それが、イノチにつながり歌となる。歌いきっているだろうか。どうでも良いことを歌って、せっぱつまったものから逃げてはいまいか、理屈に成り下がってはいまいか、ハダカを怖れてはいまいか。無防備と自由の時空が、いつでも目の前にあるはずなのに、甘ったれてはいまいか・・・。
僕ら表現者の行いは、心の経済だと思う、政治ではない。作品を出す、ことは、板の上での何かしらのみならず、客席の質・層を紡ぐことにもつながる、人と人の連鎖をやる作業だと思う。劇場は、時代を超えてそれを見つめる一つの場所。ここで、また踊りたい、観たい。そのために問い直す。見知らぬ一人のために、ひとつのうたを歌い続けることができるか。では、どんな歌か、具体的に。
planBよ、次の幕へとつなげさせてください!
PS:同日、はねたあとで田中泯さんと話すことができた。ヘタクソだねバカだねえと言い放ってもらい、久々に人の手を握る。苦言は、笑顔・酒・体温といっしょに、親のコトバのように素直に滲みた。嘘つきにだけはなるなと父に言われて、踊りを選んだ、そのことを思い出す。ありがとうございます。田中さんは、自力で走る人。踊りのこと人のこと、コトバに心があった。人から人へ、そのような、湿度や温度から始まり繋がるものが、この場所にはあり、ほんとうの舞踏をいざなうのだ、と感じた。
僕もしばしばお世話になり、最近では多くの作品やきっかけの場所となった、その場所のコレカラを話し合うという輪に、過日、同席させていただいた。1月5日。
踊りはもとよりアート全体、東京の磁場であり続けたこの場所。前衛の牙城がイマを迎えている。ここでの活動は、ほとんど身を切るような持続の中で行われている。個の衝動を個の責任でカタチにすることが原則。そこに何かしら癌が生じつつあるのだろうか。1月一杯、閉鎖するという。それで今後の運びを考え直したいと・・・。開場以来の1ヶ月閉鎖という事態は、成り立っていないからではない。成り立っており、かつ、現状の退屈・不満足の極が達してとのこと。
「心の底から素晴らしいとは思えない」という言葉から、観客のみならず、舞踊家、映画監督、劇作家、音楽家・・・、何かしらせっぱつまった人が集まり、午後から深夜におよぶ対話を温めた。
発起人の木幡さんは、場所の運営以上に、表現の、個の活動の、現在、に対する心配を話され、対する各自も問いは近しい。いま、本当に、これで良いのか、と。
当然、話は右往左往し道に迷う。語る人、聴き続ける人、怒って帰ってしまう人も。しかし、交差する「思い」が夜にかけて滲んだ。明快ではない、しかし、共有しうる温度・湿度。齟齬をも含め、人間同士が何を大事にスべきかを話している感があり、この場所の壁が床が、じっとそれらを呼吸している。そのさなか、ふと気付いた。語り合う。このような時を忘れていた、ことを。
自分で自分でと、何もかもやっていたのではないか。話し合うことを怠ってきたのではないか。(そもそも、このような問いかけが発せられ討議しうる劇場自体、いまいくつあるのか。このように集まることができる事実は重い。この場を失いたくない。)
正直、僕自身、問い続けている。個は「つながって」あるか、幸福といえるか、充実といえるか。勝手は横行するが自由とは少々ちがう。親を殺す子がいる、子をいじめる親がいる、同世代だ。僕らは何を紡いでいるのか。いま、人がせっぱつまっている。そのさなかで表現をと言う僕自身しかし、小さな充足にしがみついてはいまいか。ごまかしはないか、嘘はないか。問いながら、このステージで踊ってきた。
感情、肉、知。せっぱつまったものがあり、それが表現の火種だ。それが、イノチにつながり歌となる。歌いきっているだろうか。どうでも良いことを歌って、せっぱつまったものから逃げてはいまいか、理屈に成り下がってはいまいか、ハダカを怖れてはいまいか。無防備と自由の時空が、いつでも目の前にあるはずなのに、甘ったれてはいまいか・・・。
僕ら表現者の行いは、心の経済だと思う、政治ではない。作品を出す、ことは、板の上での何かしらのみならず、客席の質・層を紡ぐことにもつながる、人と人の連鎖をやる作業だと思う。劇場は、時代を超えてそれを見つめる一つの場所。ここで、また踊りたい、観たい。そのために問い直す。見知らぬ一人のために、ひとつのうたを歌い続けることができるか。では、どんな歌か、具体的に。
planBよ、次の幕へとつなげさせてください!
PS:同日、はねたあとで田中泯さんと話すことができた。ヘタクソだねバカだねえと言い放ってもらい、久々に人の手を握る。苦言は、笑顔・酒・体温といっしょに、親のコトバのように素直に滲みた。嘘つきにだけはなるなと父に言われて、踊りを選んだ、そのことを思い出す。ありがとうございます。田中さんは、自力で走る人。踊りのこと人のこと、コトバに心があった。人から人へ、そのような、湿度や温度から始まり繋がるものが、この場所にはあり、ほんとうの舞踏をいざなうのだ、と感じた。