わたしも、ほかのたくさんの表現者たちと同じように、あなたに感動してほしい、と思っている。

 

ただし、作品の表現内容に、というわけではないし、わたし自身の生き様に感動してほしいのでもない。

 

 

 

 

 

このブログを立ち上げた当初は、もっと直接的に、お金の話ばかりを、書いていた。それ以前に、お金にまったく困らなくなるルール、法則のようなものを発見していたので、それを自分自身に適用して、まず、わたし自身が、お金に困ることのない、いわば『自由の身』に、なっていた。

それをだれかに説明することなど、もともとは、まったく考えていなかったのにもかかわらず、転機は、なぜかやってきて、昨年11月14日のHappyちゃんのブログ記事『聖なる自転車操業』が、それだ。その記事を読んで、お金を扱う秘訣は、言葉で説明できるし、説明してもいいんだって、気が付いた。―――口外してはいけない、ってなぜか思い込んでいたんだね。いまとなっては、意味不明かつ理解不能だが。

なので、さいしょのうちは、『聖なる自転車操業』の話ばかり、していた。なぜか、話をきいてくれる人なら、ちゃんといて、どういうわけか、『聖なる自転車操業』をテキストにしてセミナーを開催したうえに、そのままの流れで、ブログまで書くことになってしまった。

 

あれから半年経っても、ブログは、まだ、続いているのだから、本当に、不思議だ―――。

自分自身を表現する、ということに関して。

はずかしい、とか、失敗したらどうしよう、とかは、わたしは、あまり思わないほうだが、それとは別に、『どうせ、理解されない』『伝わるわけない』と思い込んでいたことに、あとから、気づいた。

 

つまり、お金に困らなくなる秘訣を理解して自分自身にも適用して、わたし自身は、すでにお金には不自由しない身分になっていたのにもかかわらず、なぜか、それを『他者に理解させるのは、不可能だ』と、思い込んでいたわけだね。

 

ところが、実際に毎日ブログを書くようになってみると、多少は難解とはいえ、十分に理解可能な言葉で、自説を述べることができていて、読んでくれる人も、ちゃんといる。

ありふれているようでいて、けっこう、これは、衝撃的だった。

たったの、これだけの体験を積み重ねるだけでも、自分自身の世界観を変えるには、十分だった。こう言ってよければ、わたしは、これで、癒されたのだ。

毎日、あなたに『自説を読んでもらう』こと。ほんの、たったの、それだけのことで―――。

 

そういうわけなので。

わたしは、あなたに、とても感謝している。 だからこそ、あなたに恩返しをしたいのだ。

 

具体的には、あなたにも、劇的な感動を、体験してほしい。

ほかならぬあなた自身の身の上に劇的な変化が起こり、いままで不可能だと思っていたことが、なぜか実際に可能になり、そのことに衝撃を受けつつも、同時に、それを、当然のこととして、あなたは、受け入れる。

身に余るほどの栄光を、身の程知らずにも、堂々と、受け入れてしまうのだ。

ひとたびそれを受け入れてしまえば、あなたにとって、それは、ふつうのこととなる。

 

いままで叶うはずがないと信じていた夢物語が、なぜか、あなたの身の上に起こってしまう、その理由(わけ)は。

そもそも、この世の現実じたいが、夢の物語にすぎないからだ。

 

あなたの心の奥底からの夢がほんとうに叶うのは、この世の現実は夢物語にすぎないことを、あなたが心の奥底から、ほんとうに、理解したとき。

 

そうして、わたし自身はといえば。

この世の現実は、ただの夢物語にすぎないことが明確に理解できる場所まで、あなたを連れて行ってあげたいと願っている。

ほんの、たったの、文章の力とかいうやつだけで。

 

そんなこと、はたして本当に可能なのだろうか??

―――いいや。夢物語なので、可能です!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで。この世の現実はただの夢物語にすぎない、ということを、単なる当然の事実として受け入れることができる境地のことを、古来より、悟り、光明、エンライトメント、などと呼んできた。

そうして、「それ」について言葉で説明することは絶対に不可能だ、というのが、悟り/光明/エンライトメントに対する、古来よりの当然の見解であり、言い換えれば、ほかならぬわたし自身も、かねてより、そのような見解の下に、生きてきた。

 

そんな世界観が、ついに、いま、転回したのだ。

わたしにとっては、これは、不可能が可能になること、そのものであり、千年来の夢の実現―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか。こんな日がくるとは、思ってもみなかった。

とはいえ。それがそうなった以上は、それを当然のこととして受け入れよう。

古来より不可能とされていた「それ」は、いまでは、ごくふつうの単なる事実にすぎず、説明することだって、もちろん、可能。

そのような立場に立ち。 『内界のめざめ』について、わたしは、語る。

 

あなたは、あなた自身の『内界の力』を引き出し、あなた自身の、夢を生きるのだ。

かけがえのない、ほかならぬあなた自身という夢を―――。

 

 

 

 

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