「秘密主義派」と「自己開示派」
この二つの言葉にどんな印象を持つでしょうか?
自分に当てはまるのはどっちかなあ、って見てみるのもいいかもしれないですね。
人間は、そんなに単純ではないので、きっちり、どっちの派なのか、って分けられないものですが、傾向としては、論ずることはできるかもしれません。
どっちが良いのか、というのは一概に言えないかもしれませんが、どちらかというと、自己開示派の方が生きる上で、ラクなのではないでしょうか。
自分のことを晒け出し、素直に思った感想を相手に伝え、相手の話もしっかり聴いて受け止める、そんなスタイルでコミュニケーションをしていれば、ラクなタッチで人の間を闊歩できるのではないかと思います。
それに反して、秘密主義派は、結構、困難山積な道筋なのではないでしょうか。
自分というものを表現したくても、ある種の拘りというプログラムが作動し、うまく開示できない、いやむしろ開示しなくていいとさえ、思ってしまう自分がそこにいたりします。
その拘りそのものが、自分で決めた拘りなのか、それとも、家庭の中で培われてきたものなのか、それすら分からない中で、茫然自失に苛まれることもあるわけです。
私が、個人的に思うのは、こういった秘密主義傾向というのは、家庭環境の影響がかなり大きいであろう、ということです。
家庭というのは、一種のカルチャー(文化)という側面を持っていて、家庭ごとに独特のカルチャーが育まれ、親によっては、そのカルチャーが外に流出することを、酷く嫌う場合があると思うのです。
カルチャー流出を嫌う、言い換えれば、自分の家庭の恥を世間に晒すことを嫌う親に育てられた子供は、どうしても、自己開示が苦手になる傾向にあると思います。
「自己開示すればいいだよ!」と言ったとしても、出来ない人にとって見れば、どうすればいいのか分からないし、分かっていても出来ない自分がいたりするので、容易なことではありません。
何が自分を押さえつけているのか、何が自分を不自由にしているのか、その根本原因にアプローチしない限り、永遠に終わりのないループをひた走る結果になる、と思うわけです。
【癒し・ヒーリング】
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