2011年5月14日(土)の記事を転載

長らくお待たせした。先月から今月にかけてちょっと忙しくしていてブログにまでなかなか手が回らなかった。とりあえず『東日本大震災シリーズ』はもう少し続けることにする。

 大震災を巡っていろいろなことを考えさせられている読者にもっといろいろなことを分かち合いたいと考えている。


◆『義援金と支援金の違い 義援金は届くまで1年以上のことも』
 (女性セブン2011年4月14日号)

 日本国内はもちろん海外からも続々と被災地へ寄せられている寄付金。その寄付金のなかには、義援金と支援金のふたつがあるが、その違いは?

 義援金は通常、複数の法律を組み合わせて解釈すると、日本赤十字社と、赤い羽根で知られる中央共同募金会のふたつで使われるとされる。街頭募金や企業、団体等を通して集められた義援金は赤十字社に送られ、総額が被災者に平等に分配されることになっている。公平さの一方で、こんなデメリットも。

 「義援金は各自治体の被災者数や被害状況をきちんと調査して分配されるため、最終的に被災者の手元に届くまでに時間がかかります。阪神・淡路大震災の際にも、分配までに数か月かかってしまいました」(市民福祉団体全国協議会専務理事・田中尚輝氏)。今回の震災では、被災人数が多いため、調査に手間取り、被災者の手元に義援金が届くまで1年以上かかる可能性も考えられる。

 一方、支援金とは、被災者支援のために活動するNPOやボランティア団体へ贈られるお金のこと。たとえばユニセフに支援金を送った場合、今回の震災では幼児用下着など支援物資の購入に充てられ、被災地に届けられる。「送ったお金は、即、支援活動に使われることが多いのですが、団体によって使い道が異なります」(前出・田中氏)

 子供支援に使われるのか、老人介護に役立つのかなど、活動内容を明らかにしている団体を選んだほうがよい。

<引用以上>


 義援金も支援金も寄付金には変わらないが、どの団体に寄付するかで拠出先や分配方法が決まるようだ。クリスチャンの場合はどういう形にせよ、神の栄光のために神にささげるので、ある意味献金ともみなされる。このことについては注意を要するので後に詳述する。

「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。」(Ⅰコリント6:20)

「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」(同10:31)

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◆『東日本大震災(東北関東大震災)への、日本ユニセフ協会ならびにユニセフの対応について|日本ユニセフ協会|お知らせ』

【2011年3月16日】

 世界36の国と地域のユニセフ協会(ユニセフ国内委員会)へ皆様からお寄せいただいている募金は、各国政府からの任意の拠出金とともにユニセフ本部へ送られ、通常、5歳未満児の死亡率、国民一人当たりのGNI(国民総所得)、18歳未満の子どもの数を基準に、主に開発途上国の支援活動に使われています。

 案内のとおり、ユニセフによる日本への支援は、第2次世界大戦直後の昭和24年に始まり、昭和39年に終了いたしました。その後、日本国内では、これまでも大規模な自然災害が各地で発生しましたが、日本が、世界に類を見ない水準の支援体制を国内に持つ国であり、また、日本政府の支援要請も無かったため、ユニセフの支援がそうした場面で提供されることはございませんでした。

 しかし、東北関東各県にまたがって発生したこの度の東日本大震災(東北関東大震災)の被害の深刻さは、世界的にもあまり前例の無い規模になったことを受け、当協会でも昭和34年の伊勢湾台風以来となる国内の緊急支援活動を実施することを検討。その当面の資金として、皆さまからこれまでにお寄せいただいた募金のうち、ユニセフ本部への拠出対象となるものからではなく、ユニセフ本部の要請や承認のもと、広報・募金・政策提言活動、学校への出前授業活動や国際協力人材育成、全国各地の地域組織の活動支援などの国内事業に充てている国内事業予算を充てさせていただくことを検討いたしました。国内事業予算のこうした形での活用は、本来、ユニセフの開発途上国での活動への「ご支援の輪」を広げてゆくための様々な活動を制限することを意味しますが、ユニセフのアンソニー・レーク事務局長はじめユニセフ本部も、当協会の方針を全面的に支持。また、これと合わせて本部としても出来うる限りの支援をするとの方針を決定し、この度、約50年ぶりとなる日本への支援が表明された次第です。また、既に募金活動をはじめているユニセフ協会(国内委員会)もございます。

 当協会とユニセフ本部のこれまでの対応は、以下のとおりです。

 1. 日本ユニセフ協会は、当協会内に「東日本大地震緊急支援実行委員会(仮称)」を設置。当面の支援活動の費用として、当協会が同実行委員会に1億円を準備し、本緊急支援への募金を受け付ける口座を設置しました。こちらでお預かりした募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます。(なお、当緊急支援に必要な資金を上回るご協力をいただいた場合(被災者の皆さまへの支援が行き届き、ユニセフと日本ユニセフ協会が提供できる内容の支援が被災地では必要ないと判断される場合)、ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがありますので、ご了承願います。)

 2. 日本ユニセフ協会とユニセフによる支援の具体化のため、日本ユニセフ協会は、ユニセフ本部公的資金調達部(東京事務所)の協力を得て、アフリカ各国のユニセフ現地事務所での勤務経験を持つ当協会職員を被災地に派遣しました。

 3. ユニセフ本部は、上記で具体化される支援内容に応じた緊急支援物資を、当協会などからの要請があり次第日本に発送する体制を整えるとともに、ハイチ、ソマリアなどのユニセフの現地事務所に勤務する、保健、教育、子どもの保護、物流等の分野の日本人専門家の派遣を準備しています。

 みなさまのご理解とご支援の程、よろしくお願いいたします。

 2011年3月16日
 日本ユニセフ協会 広報室

<引用以上>


 このユニセフの通知はネット上で物議をかもしだした。
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◆『必要以上の募金、他国への支援に」 日本ユニセフ協会方針に異論も』
 ( J-CASTニュース2011年3月20日)

 東北関東大震災への募金をめぐり、日本ユニセフ協会(東京都港区)の方針が話題となっている。同協会は「当緊急支援に必要な資金を上回るご協力」があった場合、「他国での自然災害などによる緊急支援に活用させていただくことがある」とことわっている。この情報が断片的にインターネット上で紹介され、「おれの募金はアフリカへ行くのか?」などとちょっとした騒動になっている。

日本ユニセフ協会は、2011年3月16日付で協会サイト内に「東日本大震災(東北関東大震災)への、日本ユニセフ協会ならびにユニセフの対応について」という文書を掲載した。

「被災者のための募金がアフリカに」

同協会によると、通常行っている募金は、主に開発途上国の支援活動に使われているそうで、国内の緊急支援活動を実施するのは、1959年の伊勢湾台風以来だという。

3月16日の文書では、今回の大震災への募金を受け付ける口座を設置したことを報告し、「こちらでお預かりした募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます」としている。

この後ただし書きが続き、「なお、当緊急支援に必要な資金を上回るご協力をいただいた場合(被災者の皆さまへの支援が行き届き、ユニセフと日本ユニセフ協会が提供できる内容の支援が被災地では必要ないと判断される場合)ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがありますので、ご了承願います」とことわっている。

このただし書き部分が断片的にネット上に伝わり、ツイッターや2ちゃんねる、個人ブログでは、「義援金は全額使わず、アフリカとかに回す」「被災者のための募金がアフリカで使われる」などの反発が相当数出ている。「『これ以上被災地に必要ない』って誰がどういう基準で判断するんだ?」という疑問の声もある。

「どこが問題なんだ?」の声も

一方で、「(日本ユニセフ協会方針の)どこが問題なんだ?」「嫌ならほかの団体に寄付すればいいだけの話」といった「擁護論」もある。「(他国支援へ回す可能性は)募金活動開始直後に言うのではなく、状況が少し落ち着いてからにすれば良かったのに」という指摘もあった。

J-CASTニュースは3月20日、日本ユニセフ協会に何度か問い合わせてみたが、連絡が取れなかった。

日本ユニセフ協会は現在、赤松良子・元文部大臣が会長を務めている財団法人だ。同協会サイトによると、「ユニセフ(国連児童基金)の趣旨に則り、児童の福祉増進に寄与するため(略)国民による国際協力の実施を促進すること」を目的としている。また、「あくまで国内の組織で、国連組織ではない」とも説明している。1977年、正式にユニセフの(日本)国内委員会として認められたという。

<引用以上>


 これを受けてユニセフは対応を以下のように急遽変更し、上記の以前のお知らせを削除した。

『東日本大震災(東北関東大震災)への、日本ユニセフ協会ならびにユニセフの対応について』

【2011年4月5日】

 当協会でお預かりした東日本大震災緊急募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます・・・

http://www.unicef.or.jp/osirase/back2011/1103_12.htm

$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120514c
◆『ローマ法王、ミサで被災者支援の募金』
 (読売新聞 2011年4月22日)

 ローマ法王ベネディクト16世は21日、ローマの聖ヨハネ・ラテラノ大聖堂で、カトリック教会の祝祭「復活祭」(24日)に向けた重要行事である「最後の晩さんのミサ」を行い、東日本大震災の被災者支援のため、1000人以上の参列者から義援金を募った。
※写真はベネディクト16世

 同ミサでは毎年、目的を決めて募金を行っているが、今年は「法王の日本に対する連帯感と親近感を具体的に示す」(ローマ法王庁)ため、日本の被災者支援に送られることになった。昨年4月の同ミサでは、同1月に起きたハイチ大地震の被災者支援に向けられた。

 海外のカトリック界では「大災害に整然と対応する日本人への敬意や同情が強まっている」(外交筋)といい、法王が先月、15万ドル(約1200万円)の寄付を表明したほか、イタリア各地で募金活動などが頻繁に開かれている。


◆『私も「なぜ」と自問…震災体験少女にローマ法王』
 (読売新聞 2011年4月22日)

 ローマ法王ベネディクト16世が、22日放映のイタリア国営テレビRAIのカトリック教徒向け番組に出演し、東日本大震災を体験した7歳の日本人少女からの「なぜ子供も、こんなに悲しい思いをしないといけないのですか」という質問に答えた。

 RAIなどによると、法王がテレビで一般視聴者の質問に答えるのは初の試み。質問者は約3000人の応募から選ばれた7人で、うち1人がイタリア人の父、日本人の母を持つ千葉市の少女(7)となった。少女は自宅近くが液状化の被害を受けた。

 少女は「私は今、とても怖いです。大丈夫だと思っていた私の家がとても揺れたり、私と同じ年ぐらいの子供がたくさん死んだり、公園に遊びに行けないからです。なんでこんなに悲しいことにならないといけないのですか」と、ビデオ映像を通じて日本語で質問した。

 これに対し、法王は「私も同じように『なぜ』と自問しています。答えは見つかりませんが、神はあなたとともにあります。この痛みは無意味ではありません。私たちは苦しんでいる日本の子供たちとともにあります。ともに祈りましょう」などと答えた。


◆『1300年前の縁…東大寺が1億円寄付 銀行借り入れ「宮城の文化財修復に」』
 (産経ニュース 2011年4月8日)

 奈良市の東大寺は7日、今月中にも銀行から1億円を借り入れ、東日本大震災の被災地に義援金として日本赤十字社奈良県支部を通じて寄付すると発表した。

 同寺によると、天平時代の大仏造営の際、宮城県涌谷町から献上された砂金が大仏に鍍金(ときん)されるなど、同県とは縁が深いという。

 この日、奈良市内で会見した同寺の北河原公敬別当は「千年に一度ともいわれる広範囲な災害であり、借財して義援金を届けることにした。被災地で被害を受けた文化財の修復にも役立てていただければ」と話した。

<引用以上>


 義援金はそもそも義捐金と書いた。「義捐(ぎえん)」という言葉は明治時代につくられた和製漢語である。「義」は、正しい行い、もしくは公共のために力を尽くすことを意味し、「捐」は、すてる、すてさるの意である。すなわち「義捐金」は、正しい行いのため、公共のためにすてる金を意味する。おそらく明治以来キリスト教文化の流入により、寄付金を仏教用語の「喜捨」(惜しむ心なく、喜んで財物を施捨すること。施捨は仏・法・僧の三宝を守るためでもあり、また財物に対する執着や物欲から離脱させる意味もある)と区別するために造語したと思われる。戦後の国語改革で「捐」が当用漢字に採用されなかったため、「義えん金」と混ぜ書き表記する。一部で「義援金」という表記が見られるが、これは新聞協会による独自の基準で定めた代用表記である。夏目漱石の「吾輩は猫である」に、「義捐を取られる」と口にする苦沙弥先生を、猫が「変なことを言うものだ」と笑っている場面がある。

●献金と寄付について

 義援金、支援金以上にややこしい用語がある。それは「献金」と呼ばれるものだ。「献金」という言葉が日本人の献金観に歪みをもたらしている。国語辞典によると、「献金」とはその趣旨に賛成し、金銭を献上すること、と定義されている。たとえば「政治献金」といえば、政治家や政党に資金を提供することであるが、政治資金規正法では「寄付」となっている。企業献金(団体献金)、個人献金は所得税の減税や政治家に便宜をはかってもらうために行われる。英語では政治献金のことを「Political contribution(政治的寄付、出資)」という。献金=寄付、つまり寄付の美名として「献金」を使用している。実は献金とは元来、神にささげられるものである。

 献金という言葉の誤用は教会内でも行なわれている。教会主催のセミナー(講演会)の受講料、コンサートの鑑賞料を「席上献金」と呼ぶ。寄付、カンパ、会費、料金と言うと世俗的に聞こえるので、献金と称する。献金とすれば敬虔であり、霊的に聞こえる。米国の教会では、献金を「オファリングoffering」(ささげもの、供え物)と言う。また寄付(宗教施設の場合「寄進」contribution)を「ドネーションdonation」、募金を「コレクションcollection」という。このように区別して使用している。教会によっては互助会費を別に設けているところもある。旧約聖書では十分の一以外に神殿礼拝に必要となる奉納物をささげたり、新約では飢饉で貧窮するエルサレム教会に対して異邦人教会が経済的サポートを行っているので、目的別にささげることは聖書的である。しかし、邦訳聖書でそうした募金も「献金」と意訳されてしまっている。新改訳聖書の例)Ⅰコリント16:1「献金」(英訳はcollection)のギリシャ語は“ロギアー”で、「集金,募金で,貧しい人を助けるための義捐金」のこと。Ⅱコリント8:10の「献金」という言葉は原文にはない。直訳は「このことについて」。6,7節の「恵みのわざ」を翻訳者が「献金」と意訳。こうした曖昧さが日本人クリスチャンの献金の概念さえ歪めてしまっている。

 世界的に見ると寄付の社会への浸透度も国・地域によって大きく異なる。2000年頃の状況を見ると、アメリカでは年間2000億ドル(約20数兆円)を超える寄付が行われているが、日本では約1000億円程度にとどまっている。両国とも世帯ベースでは約70%の世帯が寄付を行っているが、世帯当たりアメリカは約17万円、日本は約3000円と寄付金額に大きな格差が見られる。こうした格差は、宗教観・社会意識・税制の違いに起因すると考えられている。献金と寄付は厳密には異なるが、クリスチャンにとって寄付もまた神にささげるものであるから、本質的には変わらない。しかし、寄付したから献金したと考えてはならない。寄付と献金はあくまで別ものである。

 献金の本質は神へのささげもの。それは礼拝の代価(cost)と言える。この考えが教会に最も欠けている。クリスチャンが礼拝でささげる「献金」は、もちろん、私たちの神への感謝を形に表わしたものであり、また、私たちの献身を表わしたものである。献金は礼拝への入場料でも、説教の聴講料でもない。礼拝はお金集めの場所ではない。しかし、なお、礼拝の中に「献金」があるのは、神を価値あるものであがめるためである。旧約の時代には、家畜や穀物が物の価値を表わしたので、それらが礼拝でささげられた。

 現代は金銭が価値を表わすので、金銭をささげる。「礼拝」は英語で "worship" だが、これは "worth"(価値)あるいは "worthy"(価値のある、尊敬にふさわしい)という言葉に由来する。すべての栄光と誉れにふさわしい神を、それにふさわしいお方として礼拝するために、金銭をささげるのは意味のあることである。イスカリオテのユダにとってイエスの価値は銀貨30枚の値積り(当時の奴隷の値段)であった。彼にとってイエスは自分の欲に仕える奴隷。ご利益目的でイエスの弟子となった。事実彼は会計係となって金入れから宣教資金を盗んでいた(ヨハネ12:6)。
 
 手も足も目も口もない偶像の神々の宗教では、人間が神々に宮を造ってやったり、運んだり、その費用を捻出してやらなければならない。宗教組織存続には信者の寄進が欠かせない。信者の寄進で宮を建て、諸費用を支払う。しかし、まことの神は天地の創造主であり、万物が神の所有物だから、何一つ物質的に不自由することはない。人間からお金を取らなければならない必然性はない。献金がなければ教会をやっていけない、などと考えるのは一種の偶像礼拝である。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120514d
【チャリティーとは?】

 チャリティー(charity)とは、慈愛・博愛・同胞愛または慈善の精神に基づいて行われる公益的な活動・行為もしくはそれを行う組織のこと。世界各地でチャリティーの活動・組織が見られ、それらの多くは宗教的な背景を持つ。チャリティーはしばしば身体障害者や高齢者などに対する社会福祉、貧困地域の飢餓救済、紛争地域の難民救済、または災害・事故などの犠牲者や遺族に対する支援活動などといった形態をとるが、本来的には以上の活動にとどまらず、社会に対する貢献全般がチャリティーであると言える。また、チャリティーに係る費用は寄付・寄進によって支弁されることが多い。

 1978年からは日本テレビ『24時間テレビ・愛は地球を救う』(社会福祉・海外飢餓救済)などの放映・チャリティー活動が行われている。(以上、ウィキペディアより抜粋)


●SmaSTATION-4 特別企画『セカイを救う チャリティー』

 見ず知らずの人々に無償で手を差し伸べる「チャリティー」という精神。それは、果たしていつどこで生まれ、どのように広まっていったのでしょうか? その歴史にスポットを当てます。

●チャリティーの起源

 チャリティーという言葉の語源は、カリタス(Caritas)=慈善、という意味のラテン語で、中世以降にヨーロッパで広まった考え。キリスト教では、収入の25~35パーセントを貧民のために用いることが定められており、イスラム圏でも、貧しい人のために財産を使うこと=ザカートが、イスラム教徒の5つの義務のひとつとされていました。

 一方、日本で最初に行われた大規模なチャリティー活動は、終戦直後の昭和22年に、全国で行われた「第1回共同募金運動」といわれています。「赤い羽根募金」としていまも知られるこの共同募金は、戦争によって親を失った孤児や、負傷した兵士らを救済するために始められたもので、復興を目指す日本中の人々が賛同、非常に大きな成果をあげました。豆腐1丁が1円、労働者の1ヵ月の平均賃金が2000円と、現在と比べて物価が100分の1以下だった当時。この共同募金で5億9千万円・現在の物価に直すと、何と1500億円ものお金が集められ、数十万人にも及んだ戦争孤児の育成金に当てられたといいます。


●音楽が広めたチャリティーの精神

 このように世界各地域で生まれ、それぞれ独自にはぐくまれてきたチャリティーという精神は、あるきっかけと共に、急速に世界的運動へと変遷していきました。それが「音楽」です。伝説的なキャンペーン「バンド・エイド」は、いまから20年以上前に行われたもので、当時、干ばつや内乱により、数十万人の餓死者が出ていたエチオピアの飢餓救済を旗印に掲げたプロジェクトです。U2のボノ、デヴット・ボウイ、フィル・コリンズら、当時のUKシーンを代表するミュージシャンらが賛同。世界的爆発ヒットとなった、「Do They Know Its Christmas?」をリリースし、翌年には盛大なチャリティー・コンサート「LIVE AID」も開催。収益金は、およそ1億1千万ドル(日本円で120億円)にものぼり、トラックや給水車、医療用テント、粉ミルクなどをエチオピアに届けることができたのです。

 さらに翌85年、あのマイケル・ジャクソンやレイ・チャールズ、ライオネル・リッチーらアメリカのトップスター達が、やはりアフリカの飢餓救済のために立ち上がったのが「USA For Africa」でした。彼らによる、世界的名曲「We are the world」は、発売からわずか1ヵ月で、シングル730万枚、アルバム440万枚を売上げ、その収益金は6500万ドル(日本円でおよそ70億円)。食料や衣服など数多くの支援物資をアフリカに送ることに成功しました。

 そしてことし、ボブ・ゲルドフらによる「ライブ・エイド」が20年振りに復活しました。それが「ライブ8」です。これは、時を同じくして開かれたG8、先進8ヵ国首脳会議にちなんで名づけられたチャリティーコンサートで、アフリカ諸国の復興の妨げになっている債務、つまり先進諸国への借金の帳消しを訴えるために開催されました。マライア・キャリーやU2、エルトン・ジョンなどの多くのトップミュージシャンらが参加したこのイベントは、世界9ヵ国で開催され、テレビやラジオインターネットなどを通じて、10億人以上の人が目にしたといわれています。そして、収益がアフリカの貧困救済に当てられただけでなく、先進各国が、アフリカ諸国への債権放棄を宣言するという、勝利をも手に入れたのです。

●チャリティーを主導するセレブたち

 最近では、各国のセレブ自らが主導するケースも増えています。熱心なチャリティー活動で知られる歌手のエルトン・ジョンは、自らの名前を冠したエイズ基金を設立。また、エリザベス・テイラーも、親友をエイズで失ったのを機に、自らの財団「エリザベス・テイラー・エイズ財団」を創設し、研究活動を支援しているのです。あのポール・マッカ-トニーは、地雷問題に高い関心を寄せており、妻のレバー・ミルズと共に積極的に地雷除去の活動を支援し、昨年にはベトナム、イラクなどでチャリティー・コンサートを開催しました。キアヌ・リーヴスは、最愛の妹が白血病を発病したのを機に、ガンや糖尿病など、難病の治療法を研究する団体に寄付を行っており、自らがデザインしたTシャツをネットで販売、その売上をチャリティーしているのです。これ以外にも、スティング、マドンナ、ボノ、ナタリー・ポートマン、ヒラリー・ダフ、リンジー・ローハンなど、プライベートで積極的にチャリティーを行っているセレブ達は数多く存在するのです。

 チャリティー活動を行う事自体が、セレブの証しのひとつであるともいわれ、世界中の人々にも大きな影響を与えるこうしたセレブのチャリティー。そのさきがけともいわれ、後に続いたセレブ達に多大な影響を与えたのが、オードリー・ヘップバーンです。「ローマの休日」、「ティファニーで朝食を」など、20世紀を代表する名作に出演し、その天真爛漫な笑顔と圧倒的な存在感で、世界中の人々を魅了し続けたヘップバーン。限りない賞賛と栄光を手に入れた彼女は、晩年、女優業から身を引き、あるひとつ仕事にその身を捧げていきました。それが「国連児童基金=ユニセフの特別大使」です。ユニセフとは、戦争や貧困などで苦しむ子供達を救済するために、創設された国連の機関。食糧援助から教育のサポートまで、幅広い支援活動を行う、まさに世界を代表する「チャリティー機関」です。そんなユニセフの特別大使という仕事に、大女優オードリーが没頭するようになったきっかけは、実は彼女の辛い少女時代にあったといわれています。



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●ヘップバーンがその身を捧げた活動

 1929年にオランダ・ブリュッセルで生まれたオードリーは、第2次大戦中、ドイツの占領下で、地獄のような体験を経験しました。ナチスへの抵抗運動の中、多くの親戚や知人を殺され、自らも飢えと寒さで栄養失調に陥り、度々命の危険にさらされたのです。この当時の生活がいかに厳しいものであったかを示すエピソードがあります。後年、オードリーは、ある作品の主演を依頼された際に、「主人公があまりにも自分に似ている」として、その依頼を断った事があるのです。その作品とは「アンネの日記」。ナチスの迫害のもと、強制収容所に収容され、わずか15歳で命を落とした、悲劇の少女アンネ・フランク。そのアンネとオードリーは、ともにオランダという同じ国に暮らし、同じ戦争を耐え忍び、奇しくも生まれた年も同じ1929年。出演依頼で台本を目にした彼女は「自らの体験を読んでいるような気がする」と語りました。
※写真はユニセフ親善大使であったオードリー・ヘップバーン

 ある日、衰弱しきった彼女のもとにユニセフの前身である、国際救済復興機関から救援物資が届けられました。細くやつれた手でその袋を開けるオードリー。そこにあったのは、一枚のチョコレートでした。後に彼女は「戦争が終わって最初に食べたものが援助のチョコレートだったの。一度に全部食べてしまったわ!」と語っています。命を助けられた少女の胸に、やがてひとつの夢が宿るようになりました。それは「いつかユニセフで働きたい」というものでした。その後、女優として名声を得た彼女は、1971年、その夢への足がかりを得ます。ユニセフが資金集めを目的とした映画「愛の世界」に出演する事になったのです。

 「あの映画に参加して、世界には援助を必要としている子供たちがどれだけたくさんいるかを知ったの。出来れば知りたくなかったけど…」。

 そんなオードリーの下に1988年、ついにあるオファーが届きました。ユニセフの特別大使への就任です。当時は大女優のオードリーが就任するという事で、「名ばかりの名誉職」との冷ややかな見方もありました。しかし、彼女は、大使就任からわずか一週間後には飢えと内戦で荒廃したエチオピアに出発。さらにトルコ、スーダン、バングラデシュ、ヴェトナム、イランなど、貧困にあえぐ地域を次々と訪問し、時には飢えた子供達を慰め、ともに涙を流し、時には井戸を掘り、農作業にも精を出して、その声を吹き飛ばしました。オードリーは自らが広告塔となる事をいとわず、その知名度を最大限に生かし、世界の注目がこうした地域に集まるように努力を続けたのです。

 1992年に訪れたソマリアでは、目を覆うような惨状に強い衝撃を受けました。「私は悪夢のなかに入り込んだ。こんな光景は見た事がない」。毎日100人近い子供達が飢餓により命を落としていたソマリアの悲劇を食い止めるため、オードリーはまさにその身を削って訴え続けました。その努力により、CNNなど世界のメディアは連日ソマリアの窮状を取り上げ、世界の人々がその惨状を知るようになったのです。まさに休む暇も無く、世界各国を飛び回り、子供達の幸せを訴えつづけたオードリー。しかし、この激務が次第に彼女の細い体を蝕んでいきました。ソマリア視察中、オードリーは常に猛烈な胃痛に襲われていました。しかし彼女はそのことを決して誰にも喋りませんでした。ユニセフの仕事が果たせなくなる事を恐れていたのです。そしてソマリアから帰国後、ようやく病院を訪れたオードリーを待っていた診断結果は結腸ガン。すぐに手術が行われたものの、その病魔はすでに手の施し様のないほどオードリーの体を蝕んでいました。手術が終わり意識が戻った瞬間、オードリーはこうつぶやいたそうです。

 「私のソマリアの可愛い子供達。はやくアフリカに戻らないと・・」

 1993年1月、彼女は世界中の人々に惜しまれながら63歳でこの世を去りました。最期は、家族らに見守られながら穏やかに息を引き取ったそうです。後に、友人のレスリー・キャロンは「オードリーの人生は二部に分けられる。第一部では望みうる全ての栄光を手に入れ、第二部では、手に入れたものを全て還元した」と彼女の生涯をたとえました。「自分だけでなく、他人を愛すること」。オードリーが残したこの精神は、その後、世界中のセレブへと引き継がれ、多くのチャリティー活動へと実を結ぶ事になっていきました。オードリーは死の直前、息子達にひとつの詩を残しています。

美しい唇のためには 親切な言葉を話すこと
美しい目のためには 他人の美点を探すこと
スリムな体のためには お腹をすかした人々に 食べ物を分け与えること
歳をとれば 君は二本の手を持っている事に気付くでしょう
自分自身を助ける手 そして他人を助ける手を持っていることを・・・


●テレビのチャリティー番組

トリビュート・トゥ・ヒーロー(アメリカ)
2001年に起きたニューヨーク同時多発テロ。その10日後、テロで犠牲になった人々やその家族らを支援するために、アメリカの4大ネットワークが団結して、放送された大規模なチャリティー番組。この番組は、音楽やスポーツを通じて、アメリカ全土を希望と激励で盛り上げようという趣旨のもと、ハリウッドやスポーツなど各界のトップスターが集結したもので、視聴率は何と65%を記録。さらに、番組に出演したマライヤ・キャリー、ブルース・スプリングスティーンなど、21組のアーティストの演奏を収録したCDが発売され、その収益はテロで命を落とした救急隊や消防士らの家族を支援するために用いられた。

コミック・リリーフ(イギリス)
バンド・エイドを生んだチャリティー先進国・イギリスで毎年行われているチャリティー番組。世界の恵まれない子供達への寄付を集めるという趣旨のこの番組は、イギリスの有名俳優やコメディアン、コメンテーターらが出演し、この番組を見て電話をかけると電話代がそのまま募金される仕組みになっている。この番組ちょっと他とは変わっているところは、お笑い番組であるということ。チャリティーとは無縁の様々なパロディーが続く合間に、飢餓や病気に喘ぐアフリカの様子などのリポートが挿入される。これまでの収益金はおよそ2億ポンド(日本円で400億円)にも及び、アフリカのHIV対策や、予防接種の推進などに役立てられている。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120514f
愛のリクエスト(韓国)
1997年10月にスタートしたこの番組は、放送回数300回を超える長寿チャリティー番組。難病患者やひとり暮らしの老人、障害に苦しむ人々などを紹介し、視聴者に支援を訴えるという形式で、番組の用意するチャリティー電話にダイヤルすると、1通話あたり1000ウォン(日本円でおよそ100円)が募金されるシステム。これまでに300億ウォン(30億円)を超える募金を集めており、先日、チョナンカンとレコーディングした人気ユニット「神話」のメンバーも、度々募金を行っているという。
※写真は神話(シンファ)
<引用以上>


 オードリーもクリスチャンであった。また「神話」のメンバー6人中リーダーのチョンジン、エリック、キム・ドンワン、アンディーの4人はクリスチャンだという。

 東日本大震災を機に日本人の若者の間でもチャリティーへの関心が高まっている。上記のSmaSTATIONの記事にあった「チャリティーの起源」の欄に「チャリティーという言葉の語源は、カリタス(Caritas)=慈善、という意味のラテン語で、中世以降にヨーロッパで広まった考え。キリスト教では、収入の25~35パーセントを貧民のために用いることが定められており」などと記載されているが、実際キリスト教では収入の25~35パーセントを貧民のために用いることなど定められていない。一部にそのようにしているグループもあるだろうが、一般的ではない。チャリティーの起源についてウィキペディアの記事も以下に紹介する。

貧者に積極的な意味を見出し、隣人として救済することを教義の一つとするキリスト教がヨーロッパに登場すると、チャリティー活動とキリスト教精神とが結合し、教会を中心として積極的なチャリティー活動が行われるようになった。しかし、教会によるチャリティー活動も修道僧の霊的救済という側面が非常に強く、チャリティーを受ける貧困者の立場に立ったものとはいえず、チャリティーとしての限界があった。

中世ヨーロッパ期には、都市で成長した商工業者によるギルドが慈善組合を結成し、教会と並んでチャリティー活動を展開した。近代ヨーロッパ期になると、市民社会の成長とともにチャリティーとキリスト教的背景との分離が進み、さらに産業革命期に入った後は、産業界の成功者らによるチャリティー活動が盛んになった。この時期のチャリティーは宗教的な色彩を薄めており、チャリティーの世俗化とも言われるが、実業家らは多分に自己満足としてチャリティーを実施しているところがあった。そのため、彼らのチャリティーは個人的な活動であると言え、決して計画的・組織的なものではないという限界があった。

そのような状況にあった19世紀後期、イギリス・ロンドンにチャリティー団体が結成されるとイギリスの各地及びアメリカなどで同様の組織が相次いで設立されていった。これら団体は組織的かつ計画的なチャリティー活動を実施し、チャリティーにあらたな局面をもたらした。また、その一方では、政府による社会福祉が次第に充実していき、チャリティーの組織化が民公両面で進んでいったのである。

<引用以上>


 イギリスでは19世紀になるとチャリティー団体が急増している。これはおそらく産業革命によって貧富の格差が大きく開くようになったことと深い関わりがある。イギリスでは「成功した人ほど社会に還元する。それが人としてあたり前」という考え方が浸透している。階級社会のイギリスでだからこそ、この考えが生まれたのだろう。今ではこの考えは世界中のセレブに浸透している。


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◆『【東日本大震災】ファーストリテイリングの柳井会長、個人で義援金10億円』
 (SankeiBiz 2011年3月14日)

 カジュアル衣料「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは14日、東日本大震災の発生を受け、特に被害が大きい宮城、岩手、福島、青森、茨城の計5県に対し、「ユニクロ」や「ジーユー」などファストリのグループ会社全体で義援金3億円と、全世界の同社グループの従業員からの義援金計1億円を拠出すると発表した。同社の柳井正会長兼社長も個人で義援金10億円を送るという。日本赤十字社などを通じて寄贈され、同社の義援金総額は14億円となる。

 また、支援物資として、機能性防寒肌着「ヒートテック」30万枚をはじめ、ジーンズやタオルなど7億円相当の衣料品の寄贈も決定した。
※写真はユニクロの柳井正氏


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◆『ソフトバンクの孫正義氏が100億円寄付 震災孤児ら支援』
 (産経新聞 2011年4月3日)

 ソフトバンクの孫正義社長は3日、東日本大震災での被災者支援のため、個人資産から100億円を寄付すると発表した。また、平成23年度から引退までの孫社長の報酬全額も、震災で両親を亡くした孤児の支援として寄付する。
※写真はソフトバンクの孫正義氏

 寄付金は日本赤十字社のほか、ボランティア団体などへの支援や震災孤児の勉学支援などに充てる。

 孫社長は3月22日に福島県の避難所を訪れ、被災者数万人への携帯電話の無償貸与に加え、震災孤児を対象に、18歳までの通信料を完全無料化といった支援も表明していた。

 孫社長の平成21年度の報酬は1億800万円。米経済誌フォーブスの今年の長者番付によると、孫氏の個人資産額は約6800億円。

 ソフトバンクも企業として10億円を寄付したほか、ヤフーも3億円の支援金を決めている。

<引用以上>

 売名、匿名、いろいろな形があるが、被災者にとってはどうでもいいのかもしれない。しかしクリスチャンはこの点十分に気をつけたい。私たちは神に栄光を帰す者である。教会やキリスト教団体が救援活動をまるで競い合うように行うのはなぜか? あの牧師も、あの教会も、あの団体もやっている。われわれも負けじとやらなければ。遅れをとってはならない。私たちもやらないわけにはいかない。重々動機を吟味しなければならない。キリストの御名があがめられなければ、巨額の寄付をしようと、献身的に救援活動に勤しもうと意味はない。

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(Ⅰサムエル16:7)


 私たちの心とはいかなるものだろうか?

「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。」(エレミヤ17:9 新改訳)

「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。」(同 口語訳)

「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか。」(同 新共同訳)

◆『義援金詐欺多発…「義務で」「リンゴ買って」』
 (読売新聞 2011年3月29日)

 東日本巨大地震の発生以降、被災者への義援金名目で現金をだまし取ろうとする詐欺事件が多発している。

 警察庁などによると、被害届の提出を含めた警察への相談件数は全国で146件(28日現在)に上り、都道府県の消費生活センターなどへの相談も含めると地震関連のトラブルは200件以上とみられる。集金や振り込みを求めるほか、売上金を義援金に充てるとうたって東北特産のリンゴなどを売るケースも。同庁は「不審に思ったら警察に相談を」と呼びかけている。

 同庁などによると、神戸市須磨区に住む80歳代の女性宅に、女の声で「宮城の地震の関係で募金をお願いしている。100万円でもいい。家まで取りに行く」と電話があった。不審に思い、女性は電話を切ったという。松山市では、60歳代の女性が、自宅を訪ねてきた男2人に「義援金をお願いします。義務で一口5000円」と要求されて支払うなど、愛媛県内でも詐欺事件が3件あった。

 今回の地震に便乗した詐欺まがいの商売を巡る相談も相次ぐ。トラックに積んだ果物を「東北産」と言って義援金名目で販売するなど、現地への同情を誘うような手口が横行しているとみられる。

 兵庫県但馬生活科学センターによると、同県朝来市で22日、男が70歳代の主婦宅を訪れ、「福島県からリンゴを売りに来た。売上金は義援金にする。1箱1万5000円」と持ちかけた。トラックは宮城ナンバーだったが、東北なまりがなく、不審に思った主婦は購入を拒否した。40歳代の女性は、「売上金の一部を義援金に」と言われ、青森県産とされたリンゴ20個を5000円で購入したという。


◆『便乗の悪徳商法が横行』
 (時事ドットコム 2011年3月28日)

 東日本大震災で、被災した住宅の修理と称して高額の契約を結ばせたり、支援物資を集めて横取りしたりといった悪質な行為に関する相談が、国民生活センターに相次いでいる。同センターは「被災者をさらに傷つける行為。絶対にだまされないで」と呼び掛けている。

 同センターによると、「地震で壊れた箇所はすぐ修理すべきだ」と高額契約を迫ったり、「震災後のリフォームは補助金が出る」とうそをついて勧誘したりする悪徳商法が増加。「父が屋根の修理に130万円払ったが、高すぎる」と訴える被災者もいるという。

 また「メールで募集され、支援物資を送ったら架空だった」「義援金にするので貴金属を売れと勧誘された」などの相談も多く、品薄につけ込み割高な飲料水を売りつける例もあった。

 阪神・淡路大震災や新潟中越地震では、「片付けのボランティアを装い、作業後に高額な代金を要求」「不安をあおり耐震工事や太陽光発電を法外な値段で売りつける」などの被害が相次ぎ、阪神大震災では発生3カ月間に4000件超の相談があった。

 消費者庁も、公的機関を名乗って義援金を訪問集金したり振り込みを求めるケースや、募金名目のメールで勧誘する事例をホームページで紹介。同庁は「今後は放射能の不安につけ込んだ高価な浄水器や怪しい健康食品なども増える危険性があるので注意してほしい」としている。


◆『遊ぶ金欲しさに募金箱盗む、小学生3人通告』
 (日本テレビ系(NNN) 2011年4月14日)

 福岡市のリサイクル店で10日、東日本大震災の義援金5000円が入った募金箱を盗んだなどとして、警察は9歳から11歳の小学生3人を児童相談所に通告した。3人は「遊ぶ金が欲しかった」と話しているという。

 3人は6日、別の店で6000円が入った募金箱を盗んだとして補導されていた。

◆『阪神大震災 子供引き取り500万円の見舞金狙う例あった』
 (週刊ポスト2011年4月8日号)

 明日、1年後、そして5年後の日本を考えよう。1年後、確かな再起のために--。阪神大震災の教訓は重要だ。

 地震発生が平日の午後とあって、家族が別々の場所で被災した結果、学校に通っていた子供だけが助かったケースも多かった。

「阪神大震災では、多くの場合、両親を失った子供たちを親戚などが引き取ったが、なかには子供についてくる500万円の見舞金目当てだったケースもありました」(神戸市関係者)

 引き取られた後、中学卒業後の消息が追えなくなった子供も多かったという。こうした教訓を生かし、『阪神・淡路大震災の教訓情報分析・活用調査』委員会のメンバーで、関西学院大学災害復興制度研究所の室崎益輝所長はこう提言する。

 「市や県が社会的な施設を作って、心の傷を負った子供を育てるシステムも必要ではないか」

<引用以上>

 5月現在現在、厚生労働省が確認している東日本大震災の震災孤児の数は約 100 人。だが、行方不明者から死者へと、その人数が推移すると共に、震災孤児の人数も膨れ上がることが予想される。彼らに一番必要なものは愛である。

「人の望むものは、人の変わらぬ愛である。貧しい人は、まやかしを言う者にまさる。」(箴言19:22)

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