座ったとたん、めちゃめちゃいい香りが、ほんのりとしてきた。
なんとも言えない、そのいい香りを嗅いだとたん、僕はなぜかススキノを思い出した。
なぜかは分からない。
その香りは、まぎれもなく、前の座席の女性の香りだった。
コロナのせいで窓は開いていたので、前の女性の髪はユラユラ揺れていた。
おまけに、その女性は、風で髪が乱れるせいか、何度も髪をかきあげる。
何度も何度もだ。
浅野温子と同じ回数だけ、その女性は髪をかきあげた。
その度に、いい香りが僕の鼻をよぎる。
女性がチラッと横を向いた。
顔立ちが見えた。
マスクとメガネをしていたが、白い綺麗な顔だった。
浅野温子ではない。
雰囲気は井川遥だ。
また髪をかきあげる。
僕は携帯で将棋をしていたが、女性が髪をかきあげるたび、僕は歩を動かすのをやめ、香車を動かした。
なぜか僕は、香車を動かした。
↑なんか、ここ、文学小説みたいじゃないですかー?
そんな事はどうでもいい。
僕が降りるバス停でも、女性はまだ座っていたので、僕は振り返り、井川遥を見た。
井川遥も僕を見た。
よく顔を見ると、井川遥には程遠い、熱帯魚みたいな目をしていた。
淋しい熱帯魚は、僕からそっと目をそらした。
嵐山あおや