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単に、
クラスの担任の教師が 「テスト」 と言い、
それを子供たちが幼い魂に胸ふるわせて聞く。
この時の、
有形無形の心のいたみ ・・
教師も子供もあわせもつ心のいたみ、
そして、このこころのいたみの、
なんともかなしい ・・ 不条理な、交響 ・・ 増殖。
---- このことをかんがえただけでも、
<テスト>は廃絶しなければならないのだ。
子供たちの心とからだに、
<人間と人間とのかかわりあい>の、
ひとつの頑迷な原形として、
<テスト>というものが”信”じられたら、
どうするのか?
---- それが今日、意識無意識のうちに、
ほとんどまったく無防備な=
子供たちの心とからだとを、
侵食してはいないだろうか?
((他国のある村では、
小学生の親たちが、ほとんどすっかり、
それに侵食され尽くしてしまっているということだ。))
---- そんなに狂気じみてでたらめに、
<テスト>が廃止できるわけがない!
---- ≪新しい学校のイメージ≫を、提示せよ!
---- きみたちは、狂気じみてでたらめに
<テスト>をやっているのだから、
まず、きみたちのほうで、
狂気じみてでたらめに<テスト>をやめてくれ!
---- 子供たちは、
<テスト>という試練を乗り越えて、育ってゆくのだ。
---- 子供たちは、
<高校受験>という試練を乗り越えて、
大人になってゆくのである。
---- きみたちは、
<テスト>がなければ、
子供たちを教育することができない教師なのか?
---- それともきみたちは、
<テスト>がなくても、
子供たちを教育することができる教師なのか?
---- あるいはきみたちは、
子供たちの幼い感受性と想像力を心から尊重し、
子供たちのかけがえのない子供時代を、
<受験システム>から守り抜かなければならないと
誓っている教師なのか?
---- それともきみたちは、
<受験体制>という狂気と悪徳に加わって、
すでに手を汚し、
心をも壊してしまっている教師なのか?
きみたちには、
愛する知識がひとつでもあるのか?
きみたちは、
たったひとつでも、愛する知識を持っているのか?
その大切な知識を、
どのように子供たちに伝えたいと思っているのか?
子供たちの心とからだの、
どのような自由さや純粋さのなかで、
その知識をさりげなく伝えたいと願っているのか?
このような思いや願いをその胸に抱きながら、
なお、
きみたちはそのようなことを言っているのか?
きみたちの
<中学受験の問題>や<高校受験の問題>は、
子供たち全員に対する=知恵深い愛情深い=
愛と英知の結晶であると言えるのか?
それともきみたちの
<中学受験の問題>や<高校受験の問題>は、
<教員採用時の試験問題>と
同様なものでしかないものだと言うのか?
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[欄外]
=(読み方)=
(幼い魂=おさないたましい)
(有形無形=ゆうけいむけい)(不条理=ふじょうり)
(交響=こうきょう)(増殖=ぞうしょく)
(廃絶=はいぜつ)(頑迷=がんめい)
(原形=げんけい)(侵食=しんしょく)
(狂気=きょうき)(廃止=はいし)(提示=ていじ)
(試練=しれん)(誓って=ちかって)(汚し=よごし)
(壊して=こわして)
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