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決してかえりみられることのない・・このひとりの少年は、
≪クラスの仲間全員≫という
=教育に対する非常に真面目な観念と感情との核心=
の実在を、
(そのいたましい負性の面を通して、)
そのほそいゆびさきで指し示して、死んでいった。
かれは、クラスの中で<ゆかいな子>のタイプだったけれど、
それをぜんぜん発揮できなくて、死んでいった。
<人を殺してはいけない>という、
人間の最も基本的な教育そのものとして、死んでいった。
客観的に言って、
日本のすべての子供たちの身代わりとなって、死んでいった。
日本のすべての子供に対する慈悲の源泉を、
みずから身をもって創設した。 ~こんなに幼い、慈悲の源泉を。
この子の生と死、または、この子の死と生は、
ぼくらの社会=ぼくらの時代が、
いま、どういう時代社会であるのかを、明示する。
ぼくらの危機が、どういう危機であるのかを、照らし出す。
ぼくらが、いま、どんなところで生きているのかを、おしえてくれる。
あるいは、
私たちがそのことを知る=最も尊い<きっかけ>を、
この子は、独力で=みずからの精髄を尽くして=
生み出さざるを得なかった。
ものすごい教育を残して、この子は、死んでいった。
そうして、
---- ほんとうに、<死んでいった>のは、
この少年、なのだろうか?
~吸い込まれてゆく死の意味の無尽の深みは、
私たちには、とても、深すぎる。
けれど、
私たちは、この亡くなった少年によって、
生かされているのだ、という≪共生の感覚≫が、
最も基本的な、
もちろん生きた=現実生活に耐える・・応えてくれる=≪知識≫、
ではないだろうか?
地球生態系が、薄緑色の大気に包まれて、
生きてゆくことが出来ているように。
私たちは、このような子供たちの優しさに包まれて、
生きてゆくことが、出来ている・・・・。
この少年の死の意味は生者に対して無尽であり、
それは高度に基本的な教育力を秘めている。
目を閉じるとき、 (テレビを通してその姿に接しました)
かれの=両親に対する(!)=教育力が、
その最も大切な証しである。
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[欄外]
=(読み方)=
(核心=かくしん)(実在=じつざい)(負性=ふせい)
(発揮=はっき)(慈悲=じひ)(明示=めいじ)
(精髄=せいずい)(無尽=むじん)(耐える=たえる)
(応えて=こたえて)(薄緑色=うすみどりいろ)
(生者=せいじゃ or せいしゃ)(証し=あかし)
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