自分自身ではないだれかの、これまで生きてきた=
心とからだの全体から=絶えずわき起こってきて、
かれの背後と周囲に満ち満ちる=歓声と言葉と音楽を、
かれが、じぶんの目と耳と心とを=
きつくふさいでシャットアウトする=ということは、
ほとんど無い。
絶妙な情報処理仕方で、すなわち、
遊びの世界に身も心もすっかりひたされてしまった状態で、
かれはそれらを、
鼓動のように・・絶えず=生き生き・・みずみずしく=感じ取る。
かれはそれらと、
潮騒のように・・絶えず=生き生き・・みずみずしく=感応し合う。
かれは、それらの諸力の多くを=
(かれの背後と周囲に満ち満ちる・・歓声と言葉と音楽の力の多くを、)
自分自身の心とからだの中に=具体化する意気に、燃えている。
このように、短時間であるけれども、
またほんの限られた空間の中でしかないけれども、
ひとりひとりの子供が、ぜんしんぜんれい=
全身全霊をあげて・・尽くして、いきづく時が、
ちょうど、いまという、
かけがえのないひとときでは、なかったか??
おお、要するに、
新しい詩が生まれたら、そこへ行け!!
そこに行って歌うのだ。
そうすれば、かならず、 (~むくわれるから。)
おまえの予期以上の 『共感』 と、
予想以上の 『展開』 と、
予感以上の 『祝福』 とが、
得られるにちがいないから、~という、
[[精神の自由の広場]]が、あったのだ。
メロスの意識はただ、
自分の住む村で日ごろ見かけるどんな自然界の小動物よりも、
人間の子供というのは、
まったく破格に明るくて元気者だということを、
あらためてたしかめて、
人なつかしい満足感が得たいだけだった・・・・・。
それなのに、
~なんだか、きょうという日は、どうしたことだろう?
学校ばかりではなく、市全体が、やけに寂しい。
のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。
そのとき、元気をなくして歩くメロスの横を、
ポツリ・・ポツリと追い越して行く、
子供たちのうしろ姿に、気がついた。
一人・・二人・・三人・・・・そうしてとぎれることなく、
三人四人五人、ポツリ・・ポツリと、おいこしていく。
それからむこうの通りでも、またあっちの通りでも、
ポツ・・ポツ・・ポツ・・・・
だれもが、おんなじように、
ビニールの手さげ袋を持って歩いている。
大人もののような、皮製のカバンを手にした男の子も、
幾人かいるようだ。
10 & 11
[欄外]
=(読み方)=(はいごとしゅうい)(ぜつみょう)
(じょうほうしょりしかた)(こどう)(しおさい)(かんのう)
(しょりょく)(はかく)(さびしい)(かわせい)
=(補注・・解説)=
名著 『神話学入門』
(カール・ケレーニイとカール・グスタフ・ユングの共著。
杉浦忠夫訳。晶文全書)~の中に、次に示す一節がある。
『グレーザーの著作を読めばわかるように、
人間の子供たちとは違ってこれらのちびっこ神たちは
「天国から地獄に至るまで自分の背後と周囲に宇宙」
をもっている。
「これらちびっこ神たちは
現世の諸力の多くをみずから具体化せねばならぬだけに、
人間の子供たち以上にそうした諸力にさらされているのだ。
(以下省略)」』 (P.14.)