10 & 11


  自分自身ではないだれかの、これまで生きてきた=

          心とからだの全体から=絶えずわき起こってきて、

 かれの背後と周囲に満ち満ちる=歓声と言葉と音楽を、

 かれが、じぶんの目と耳と心とを=

            きつくふさいでシャットアウトする=ということは、

   ほとんど無い。


  絶妙な情報処理仕方で、すなわち、

    遊びの世界に身も心もすっかりひたされてしまった状態で、

 かれはそれらを、

    鼓動のように・・絶えず=生き生き・・みずみずしく=感じ取る。

 かれはそれらと、

    潮騒のように・・絶えず=生き生き・・みずみずしく=感応し合う。


  かれは、それらの諸力の多くを=

(かれの背後と周囲に満ち満ちる・・歓声と言葉と音楽の力の多くを、)

 自分自身の心とからだの中に=具体化する意気に、燃えている。



  このように、短時間であるけれども、

         またほんの限られた空間の中でしかないけれども、

 ひとりひとりの子供が、ぜんしんぜんれい=

               全身全霊をあげて・・尽くして、いきづく時が、

   ちょうど、いまという、

         かけがえのないひとときでは、なかったか??



  おお、要するに、

      新しい詩が生まれたら、そこへ行け!! 

      そこに行って歌うのだ。

      そうすれば、かならず、 (~むくわれるから。) 


  おまえの予期以上の 『共感』 と、

        予想以上の 『展開』 と、

        予感以上の 『祝福』 とが、

                得られるにちがいないから、~という、

  [[精神の自由の広場]]が、あったのだ。



  メロスの意識はただ、

 自分の住む村で日ごろ見かけるどんな自然界の小動物よりも、

 人間の子供というのは、

             まったく破格に明るくて元気者だということを、

 あらためてたしかめて、

           人なつかしい満足感が得たいだけだった・・・・・。


  それなのに、

        ~なんだか、きょうという日は、どうしたことだろう? 

   学校ばかりではなく、市全体が、やけに寂しい。

   のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。


  そのとき、元気をなくして歩くメロスの横を、

                    ポツリ・・ポツリと追い越して行く、

   子供たちのうしろ姿に、気がついた。

  一人・・二人・・三人・・・・そうしてとぎれることなく、

         三人四人五人、ポツリ・・ポツリと、おいこしていく。


  それからむこうの通りでも、またあっちの通りでも、

                         ポツ・・ポツ・・ポツ・・・・


  だれもが、おんなじように、

             ビニールの手さげ袋を持って歩いている。

 大人もののような、皮製のカバンを手にした男の子も、

                            幾人かいるようだ。




                                10 & 11
















  [欄外]



=(読み方)=(はいごとしゅうい)(ぜつみょう)

(じょうほうしょりしかた)(こどう)(しおさい)(かんのう)

(しょりょく)(はかく)(さびしい)(かわせい)



=(補注・・解説)=


 名著 『神話学入門』

 (カール・ケレーニイとカール・グスタフ・ユングの共著。

  杉浦忠夫訳。晶文全書)~の中に、次に示す一節がある。


 『グレーザーの著作を読めばわかるように、

  人間の子供たちとは違ってこれらのちびっこ神たちは

  「天国から地獄に至るまで自分の背後と周囲に宇宙」

                            をもっている。

 「これらちびっこ神たちは

  現世の諸力の多くをみずから具体化せねばならぬだけに、

  人間の子供たち以上にそうした諸力にさらされているのだ。

 (以下省略)」』  (P.14.)