卒論の関連で、アコースティックに携わっている人にインタビューして回っています。





卒論だから、っていう理由で半年間大嫌いなベンキョーをする気になんてなれず、




逆にこれを利用して趣味を深めたらいいんじゃね?

などと賢しいことを考えついたわけなんですが。



これがもう楽しくて仕方ないんですね。









人が深く考えたことを聞けるという贅沢。


人類学の楽しさとはやはりここにあるのではないかと思う。















アンケートを元に論拠としますため、定期的にまとめておくと便利だと思うんです。


ついでに卒論に関係ないかもしれないけど深く考えたことなんかを書いてたらいつか役に立ったりするかなと。



さらにこれをみなさんに見てもらうことで自己顕示欲なども満たすことができると。







社会における人間の存在とは、他者から認識されていないと成立しないらしいですね。


僕はその最たるものです。

SNSってほんとにすごい。


情け無い?いやあそうかもしれん。















初回ということで、これまでインタビューした10人の皆さんから聞いた共通項、かつ重要なキーワードをまずは紹介したいです。


それは、「寛容さ」。





アコースティックを形作るもの、という質問で多くの人に答えてもらいました。



これは、エレキギターが入ろうが、ドラムが入ろうが、なかなかアコースティックというジャンルから逸脱しない点にも関係していますね。





演奏の途中にチャリンコのベルを鳴らそうが




読み聞かせをしようが




鴨川でギターを弾こうが





どこか「アコースティックの範疇」で聴こえてくるのは、「寛容さ」に起因するものが多分にあると思います。





そしてその条件は、 


演奏者が「アコースティックでありたい」とこだわりを持っていることが条件であると。


そしてさらに「聴き手がそれをアコースティックだと思うこと」であると。

(H.K氏のインタビューより引用)



これを僕は仮に「黄金律」と名付けたいと思います。

(元ネタわかんない人はググってみてください)



アコースティックは定義するものではなく、その場その場で定義され続けるものなのかもしれない。




この時点でやはりアコースティックとは音楽ジャンルを超越していることがわかります。


「空間」というのもキーワードになってきそうですね。





黄金律に基づく「寛容さ」、

これは僕の卒論の中でも非常に大事になるファクターだと強く認識しています。










今回は挨拶がわりですので軽めに。



しかし今回のキーワードはおそらく今後ずーーっと登場する予感がします。

インタビューが進んできたらまた同じテーマで書き直そうと思います。


次回はおそらく、「寛容な人々」みたいなタイトルで書きます。









今日、とてもいいライブを見ました。

インタビューした人たちが出演してた。


それぞれのこだわりが見え隠れして、いつもよりもさらに魅力的なサウンドを浴びることができた。


聞いた相手は間違いじゃなかった、と、心から思いましたね。

身近に尊敬できる人たちがいるのは本当に幸福です。










頑張って投稿続けたいと思います。