『椿なきシニョーラ La signora senza camelie』1953年
ミラノで服の店員をしていたクララは、そこへ客として来た二流の映画監督ジャンニにスカウトされ、店員を辞めてローマへ行き、ジャンニが監督する映画に出演することになったが、結婚するとジャンニが「自分の妻のラブシーンは見たくない」と嫉妬でその映画をお蔵入りさせる。
左がジャンニ、右がプロデューサー。ゴシップ紙に載った妻クララのラブシーン写真を見て、ジャンニはその映画のお蔵入りを決める
クララとジャンニ
左から、ジャンニ、クララ、プロデューサー@ジャンニとクララの豪華な新居
しかし家で暇を持て余したクララが「私は働くのが性に合っている。これならローマに来ないでミラノで店員をしていれば良かった」と言うと、ジャンニは(恋愛シーンのない)ジャンヌ・ダルクの映画をクララ主演で撮ることに。
しかし完成して公開されたその映画は不評。
それがわかって落ち込んだクララは、慰められ誘われるままに、金持ちの領事と不倫関係に↓。
クララの不在に悩み睡眠薬を飲んで自殺未遂をしたジャンニ。この自殺未遂が、領事と会っていた日だったことで、クララの良心が少し動く。しかしクララは最初からジャンニを愛していない。強引にミラノからローマへ、そして映画出演、結婚、となったのだ。
クララは夫が資金繰りに困っていることを知ると責任を感じるが、お蔵入りにしたクララのラブシーンのある映画を生活のために公開すると大ヒットで外国でも配給するらしいとなり、経済的なことではもうジャンニに責任を感じなくてよい気分になった。
それで気分が晴れ、領事に結婚を迫る気配を見せると、領事は逃げる。
領事の今までの愛の言葉を本気だと思って家を出る決意をしたクララだったが、領事が遊びだったのだとわかり、失望。
その気分を、お蔵入りした映画で初めてのキスをすることになった相手役の俳優に相談すると、「きみは、ルックスがいいからすぐに主役になれて、だから演技の勉強をしていない。今後も俳優をやりたいなら、きみは演技派になるべく勉強すればいい」と言われる↓。
クララは夫と別居し演技学校へ通い、一流監督となって制作を始めた夫ジャンニの映画への主演を頼みにいくが、ジャンニは、離婚の話を弁護士を通してする旨を話し、主演女優はアメリカから呼ぶことを言う。クララが映画の仕事をしたいと言うと、「きみの旬はもう終わった」と言い、他の監督が撮るコメディ映画への出演を勧める。
クララは屈辱を感じたが、生活のためにその監督へお願いをしにいく。
すると「あのクララがコメディ映画に出演だ」と話題になり、マスコミのカメラマンが寄ってきて写真を撮り出す。
カメラに向かってクララが涙を流したところで、ジエンド。
二十代前半のクララの人生、ここがスタートというところ。
これらの失望や挫折がきっと、彼女の演技に深みを与えていくのだろう。
『椿なきシニョーラ』というタイトルは、ラブシーンものがお蔵入りとなったあとで、「クララに『椿姫』を演じさせたらどうだ」とプロデューサーが言い、「駄目だ、あれは娼婦だから」と夫で映画監督の(クララのラブシーンを他人に見せたくない、独り占めしたい)ジャンニが言って断ったことに由来するのかと思った。
『La signora senza camelie』。signoraは「女性・淑女」。英語日本語混じりで言うと、「the lady without 椿」。
「娼婦なしの女性」という意味で、女性、性、ルックスなしで演技派、実力派を目指すということなのかもしれないと思った。
あるいは、椿を「男性からもらった冠」とし、冠を失った(映画監督の夫の後ろ盾、領事からの関心を失った)女性を意味するのかとも思った。
クララ役の、スタイリッシュで少女っぽい小鹿のような女優ルチア・ボゼーは、イタリアのオードリー・ヘプバーンだったのだろうと思った。ルチア・ボゼー - Wikipedia
★Wikipediaより★
『椿のない女』(イタリア語: La signora senza camelie)は、
アンドレア・チェッキ主演の
1953年のフランス・イタリア合作のドラマ映画である。アントニオーニの物語を原作とするこの映画は、新たに発見されたスターレットと、映画業界での彼女の経験を描いています。
プロット
映画会社の重役ジャンニ・フランキは、若い店員クララ・マンニを発見し、彼女を新作映画『運命なき女』の主人公に据える。テスト上映で、大衆はクララに夢中になっているが、映画自体にはあまり熱心ではないことが明らかになると、プロデューサーのエルコレは、まだ制作中の長編2作目で、その情熱的なシーンを強調することで、彼女の存在感を利用します。クララはジャンニのプロポーズに驚くが、しぶしぶ承諾する。結婚したジャンニは、自分の映画の挑発的なマーケティングに嫉妬し、もう彼女に関わりたくないと断言する。彼は彼女をジャンヌ・ダルクの裁判の新バージョンのスターにし、ジャンニ自身を監督の椅子に座らせますが、映画はヴェネツィア映画祭でのプレミア中にパンされます。真面目な女優になりたいというクララの野望は、結婚生活と同様に失敗し、やがてデビューしたメロドラマの題材に戻る。
キャスト
- ルチア・ボーゼ - クララ・マンニ
- ジーノ・チェルヴィ(エルコレ役
- アンドレア・チェッキ - ジャンニ・フランキ
- イワン・デスニー:ナルド・ルスコーニ
- モニカ・クレイ(シモネッタ役
- アラン・キュニー(ロディ役
- シモネッタの友人役のジゼラ・ソフィオ
- アンナ・カレーナ(クララの母親役
- エンリコ・グロリ(監督)
生産
アントニオーニは『椿のいない女』のシナリオを、ジーナ・ロロブリジーダのような女優がソフィア・ローレンと同様に出演を拒否したという話に基づいている。やがて、ルチア・ボゼがタイトルロールに抜擢され、彼女は美の女王としてキャリアをスタートさせました。[1]この映画はローマ、ヴェネツィア、ミラノで撮影されました。(注1)
レセプション
ジョナサン・ローゼンバウムにとって、『椿のいない女』は傑作ではないが、「あまりにも馴染みのあるテーマを、監督の個人的で特異なスタイルに結びつけることで印象づける」ものであり、おそらく「アントニオーニの最も不当に無視されたフィクション長編」となっている。[2] 1981年のニューヨーク・タイムズ紙のレビューで、ヴィンセント・キャンビーは『椿のない女』を「クールで、ほとんど冷ややかなメロドラマ」と題し、彼の後期の作品の序文にした。(注3)★