『駅馬車』
西部劇の美学というものがあるのだろうと思った。中世ヨーロッパの騎士道文学のようなノリで。
脱獄囚リンゴ・キッドと娼婦ダラスの恋物語が本筋。
同じ移動手段に偶然乗り合わせた一期一会。「オリエント急行殺人事件」の馬車版、と思った。
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★『駅馬車』(えきばしゃ、原題: Stagecoach)は、1939年のアメリカ合衆国の西部劇映画。ジョン・フォード監督。主演はジョン・ウェイン。共演はクレア・トレヴァー 、トーマス・ミッチェル 、ジョージ・バンクロフト(英語版)。アーネスト・ヘイコックス(英語版)
の1937年の短編小説『駅馬車(原題:The Stage to Lordsburg)』をダドリー・ニコルズが脚色している。
概要
アメリカの西部劇映画を語る上で欠かせない名作であり、映画史を代表する傑作として高く評価されている。主演のジョン・ウェインはこの映画に出演する9年前の1930年に「ビッグ・トレイル」で主演に抜擢されたが不評で、その後長い不遇時代を過ごし、B級西部劇映画[注釈 1] に出演しながら俳優としての実力を蓄えて、この映画の演技が認められて以降はジョン・フォード監督作品の看板俳優として主演を務めていくようになり、一躍大スターになった。
西部劇ではあるが、物語は駅馬車に乗り合わせた人々の人間模様が中心で、終盤にアパッチ襲撃と決闘という2つのクライマックスが描かれている。アパッチ襲撃のシーンは大胆なクローズアップによる撮影やヤキマ・カヌートによる見事なスタントで、スピーディーかつダイナミックなアクションシーンとなり、アクション映画史上不朽の名場面となった。1995年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。
ストーリー
ジェロニモがアパッチ族を率いて居住地を出たという情報が飛び交っていた頃、アリゾナ準州トントからニューメキシコ準州ローズバーグに向かう駅馬車が出発した。乗客は町から追放された娼婦ダラス(クレア・トレヴァー)、アルコール中毒の飲んだくれ医者ブーン(トーマス・ミッチェル)、はるばるバージニアから来て夫のマロリー騎兵隊大尉に会いにいく貴婦人ルーシー(ルイーズ・プラット(英語版))、小心者の酒商人ピーコック(ドナルド・ミーク(英語版))であった。出発の際に南部出身の賭博師ハットフィールド(ジョン・キャラダイン)が「マロリー夫人の護衛」として乗り込んだ。御者(運転手)のバック(アンディ・ディバイン(英語版))とカーリー・ウィルコックス保安官(ジョージ・バンクロフト(英語版))が加わり、駅馬車は出発する。
さらに出発してすぐにトントの町はずれで銀行家ヘンリー・ゲートウッド(バートン・チャーチル(英語版))が駅馬車に乗り込んできた。彼は5万ドルを横領し、ローズバーグへ逃げて雲隠れするつもりであった。合計8名の駅馬車が砂漠にかかる時、突然銃声がして馬車が止まった。ライフルを軽々とクルリと回して現われたのは脱獄囚のリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)であった。保安官カーリーと御者バックはリンゴ・キッドとは旧知の間柄であった。リンゴが脱獄で500ドルの懸賞金がかけられていることも知っていたが、彼が父と兄弟を殺したプラマー兄弟に敵討ちをするためにローズバーグへ行くことも予知していた。そしてカーリーはリンゴがローズバーグに行くことを予想してこの駅馬車に乗ったのだった。「リンゴがプラマー兄弟と決闘しても殺される」に決まっていると考え、ライフルを取り上げてリンゴを逮捕した。リンゴの父とは同じ牧童仲間で父親代わりであったカーリーにとって、逮捕することがリンゴを安全にする方法であった。また皮肉なことに同乗した飲んだくれ医師ブーンは、かつてリンゴの殺された弟を治療したことがあった。
駅馬車は最初のステーションであるアパッチウェルズに到着する。ここでトントから随行してきた護衛の騎兵隊との交代の部隊がいなかった。ジェロニモがアパッチ族を率いて居住地を出た情報がある中、護衛なしで前進してローズバーグを目指すか、引き返すかの投票が行われ、ローズバーグに向かうことに決定する。
道中の馬車の中で、賭博師ハットフィールドはさかんにルーシーのために気を使い、ルーシーに銀のカップを差し出す。ルーシーはそのカップを見て「これはグリーンフィールド家の紋章では?」[注釈 2] と問う。ハットフィールドはどこかで賭けて儲けたものと云う。ダラスに対しては皆の目は冷たく、無視されている。そのことでリンゴが怒ったりしていた。また酒商人ピーコックが販売拡大の営業のため持ってきたサンプルの酒が、飲んだくれ医師に飲まれてしまう。
次のステーションであるニューメキシコのドライフォークに到着するが、ここでメキシコ人のクリスから「マロリー大尉が負傷してローズバーグに運ばれた」と伝えられてルーシーは倒れる。ルーシーは妊娠していてショックで産気づいてしまう。メキシコ人の牧童たちがジェロニモの襲撃を恐れて夜のうちに逃げ出し、クリスの妻も姿をかくしてしまう。飲んだくれ医師ブーンがコーヒーを浴びるように飲んで正気に戻り、ダラスの助けもあって無事にルーシーは女児を出産する。リンゴは道中親しくなったダラスにプロポーズし、一緒にメキシコに住もうと誘うがダラスは答えなかった。そしてダラスに励まされ、リンゴは敵討ちを諦めメキシコに逃げようとして、アパッチの狼煙を発見する。狼煙は襲撃の合図であった。リンゴはメキシコ行きを諦める。そして駅馬車はドライフォークから川の渡し場に行き、川を渡ってローズバーグを目指そうとした。
だがすでに渡し舟を含め川の渡し場全体が焼討ちにあっていた。そこで駅馬車に筏をつけてそのまま浮かして川を渡りきり、難関を突破した。渡っている間にアパッチの襲撃はなく、一同は安堵するが、渡し場でアパッチの光信号のようなきらめきを見たハットフィールドは警戒を続けていた。危機が去ったとして終着駅がもうすぐだとしてブーンが祝杯を挙げようとしたその瞬間、突然弓矢が飛び込みピーコックの胸に突き刺さった。ついに総攻撃をかけてきたアパッチ族に、駅馬車の男たちは必死に応戦する。バックは腕を打たれ、リンゴが先頭馬まで飛び移り手綱を引いた。やがて弾薬が底をつき、観念したハットフィールドは辱めを受けさせまいと最後の一発をルーシーに向けた時、アパッチの流れ弾に撃たれて命を落とす。その直後にラッパの音が聞こえ騎兵隊が到着し、危機一髪で駅馬車は難を逃れた。結局一人の犠牲者と二人の負傷者と共にローズバーグに到着する。
ローズバーグに着いてから、リンゴはカーリーに「10分だけくれ、絶対に戻るから」と云う。カーリーはライフルを渡して「弾は無いぞ」と云う。しかし実はリンゴは3発だけ隠し持っていた。ダラスにも「きっと戻ってくる」と言い残してプラマー兄弟のいる酒場に一人向かった。酒場ではルーク・プラマーがポーカーをしていて、リンゴ・キッドがやって来たと知らされて、その場に捨てたポーカーのカードはAと8の黒のツー・ペア[注釈 3] であった。ルークを筆頭とするプラマー三兄弟はリンゴと酒場の前でにらみ合う。一瞬の銃撃戦の末、酒場に再びルーク・プラマーが戻ってきた。ルークはカウンターに近付いた瞬間に床に倒れた。 リンゴは無傷でダラスの元に戻ってきた。カーリーとブーンが馬車を用意していて、リンゴはカーリーにダラスを牧場まで送るように頼む。カーリーはダラスもリンゴも馬車に乗せて送っていくことにすると言う。そういった後にブーンと馬車から降りる。カーリーとブーンは馬に石を投げ、「彼ら(リンゴとダラス)を文明から逃がす」のだった。カーリーはブーンに「一杯おごるよ」と誘い、ブーンは「一杯だけな」と答え、ダラスとリンゴの二人が乗った馬車は荒野へ去って行った。
キャスト
役名俳優
リンゴ・キッドジョン・ウェイン
ダラスクレア・トレヴァー
ジョサイア・ブーン医師トーマス・ミッチェル
カーリー・ウィルコックス保安官ジョージ・バンクロフト(英語版)
バック(御者)アンディ・ディバイン(英語版)
ルーシー・マロリールイーズ・プラット(英語版)
ハットフィールドジョン・キャラダイン
サミュエル・ピーコックドナルド・ミーク(英語版)
ヘンリー・ゲートウッド(鉱員・牧場主向け銀行頭取)バートン・チャーチル(英語版)
ルーク・プラマートム・タイラー(英語版)
騎兵隊中尉ティム・ホルト
製作
『男の敵』(1935年)
などの監督作品がヒットし、人気監督となっていたジョン・フォードは、
1937年にアーネスト・ヘイコックスの短編小説『ローズバーグ行き駅馬車(The Stage to Lordsburg)』(日本語版:ハヤカワ文庫『駅馬車』/井上一夫訳)の映画化権を2500ドルで獲得し、ダドリー・ニコルズと脚本を執筆。フォードが所属する20世紀フォックスに企画を持ち込んだが、当時衰退していた西部劇の映画化には興味がなく拒否され、その他大手の会社にも企画を持ち込むも相手にされなかった。そこで、独立プロダクションを立ち上げて製作活動を行っていたウォルター・ウェンジャーに話を持ち込み、53万ドルという低予算で作品を製作することとなった。フォードにとっては『三悪人』(1926年)
以来の西部劇映画となった。後にジョン・フォード監督はこの映画の発想源はギ・ド・モーパッサンの短編小説『脂肪の塊』だと語っている[9]
独立プロでの低予算の映画であるため出演料も安かったが、トーマス・ミッチェル、ジョン・キャラダインなどといった芸達者な俳優を集めることに成功した。主演級の俳優については、ウェンジャーはリンゴ・キッド役にゲイリー・クーパー、ヒロインのダラス役にマレーネ・ディートリヒをそれぞれ起用しようと考えていたが、低予算であったため希望は実現せず、ダラス役にクレア・トレヴァー、リンゴ役にフォードの友人でB級映画専門の俳優だったジョン・ウェインという、フォードが希望していた俳優が起用される形となった。しかし、ほとんど無名だったウェインの主役起用は周囲から反対されていたという。
![](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5a/Monument_Valley_2.jpg/240px-Monument_Valley_2.jpg)
撮影は1938年10月頃に始まり、ユタ州にあるモニュメント・バレーで撮影を敢行した。この撮影以降フォードは多くの監督作品をモニュメント・バレーで撮影し、お気に入りの撮影スポットとした。
また、モニュメント・バレーに住んでいたインディアンのナバホ族が
生活に困窮していたことを知った撮影隊は、彼らを撮影の裏方やエキストラとして雇い入れ、スタジオで規定されている報酬を払って生活を助けたというエピソードがあり、ナバホ族の雇用はその後の作品で撮影に来た際も続けていた[注釈 5]。
ジョン・ウェインは無名であるにもかかわらず大役に抜擢されたため、共演者やスタッフたちはウェインのことを快く思っていなかった。それを知ったフォードは撮影中にウェインを罵倒し侮辱し徹底的にしごいた。それは共演者たちが駆け出しのウェインに反感を抱かぬようにするためのフォード一流の深謀遠慮であった。
クライマックスのインディアン襲撃の場面はカリフォルニア州にある乾燥湖で撮影が行われ、ウェインのスタントマンとして活躍していたヤキマ・カヌートが
スタント・コーディネーターとして起用された。カヌートは馬から駅馬車を引っ張る馬に飛び移り、そこを撃たれ落馬した彼の体の上を馬車が通過するという危険なスタントを披露した。しかし、そんな危険なスタントのおかげでこの場面はハラハラするような迫力あるシーンとなった。
公開後
1939年2月15日に公開、批評家から大絶賛され、興行的にも大成功した。この年のアカデミー賞には7部門にノミネートされ、助演男優賞(飲兵衛医者を演じたトーマス・ミッチェルに)
と音楽賞をそれぞれ受賞した。しかし作品賞は13もの賞にノミネートされ、8つの賞を獲得した『風と共に去りぬ』が受賞した。
日本では翌1940年6月19日に封切られた。この作品は、淀川長治
がユナイテッド・アーティスツ日本支社の宣伝部勤務になって最初に担当した作品であり、『駅馬車』という邦題を考えたのも淀川である[注釈 6]。★淀川の宣伝活動はやりすぎ★だったため、一度は会社をクビになるが、作品が大ヒットしたのでクビは撤回された。また、淀川の活動ぶりはアメリカに報告され、後日淀川に作品の製作者であるウェンジャーからサイン入りの銀時計を贈られた。★
評価
作品は現在も高い評価と人気を受け続けており、映画史上に残る不朽の名作として知られている。映画批評家らを対象にした過去の作品のランキングや投票では必ずと言っていいほど上位にランキングされている。
米国の映画評論サイトであるRotten Tomatoesによれば、批評家の一致した見解は「西部劇のジャンルが提供しなければならない最高のものを代表している『駅馬車』は、ジョン・フォード監督のダイナミックな演出とジョン・ウェインの魅惑的なスター性によってドラマティックな重さを与えられた素晴らしい大冒険作品である。」であり、45件の評論の全てが高評価で平均点は10点満点中9.3点となっている[10]。 また、評価レビュー収集サイトであるMetacriticによれば、15件の評論の全てが高評価であり、平均点は100点満点中93点となっている[11]。
日本での評価も良く、1940年度のキネマ旬報ベストテンに第2位でランクインされた。
ランキング
- 「映画史上最高の作品ベストテン」(英国映画協会『Sight&Sound』誌発表)
- 「AFIアメリカ映画100年シリーズ」
- 1998年:「アメリカ映画ベスト100」第63位
- 2008年:「10ジャンルのトップ10・西部劇部門」第9位
以下は日本でのランキング
- 1980年:「外国映画史上ベストテン(キネマ旬報戦後復刊800号記念)」(キネマ旬報発表)第7位
- 1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第9位
- 1989年:「外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第7位
- 1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネ旬発表)第7位
- 1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第7位
- 2009年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊90周年記念)」(キネ旬発表)第10位
主な受賞歴
アカデミー賞
- 受賞
- アカデミー助演男優賞:トーマス・ミッチェル
- アカデミー作曲・編曲賞:リチャード・ヘイグマン、フランク・ハーリング、ジョン・レイポルド、レオ・シューケン
- ノミネート
- アカデミー作品賞:ウォルター・ウェンジャー
- アカデミー監督賞:ジョン・フォード
- アカデミー撮影賞 (白黒部門):バート・グレノン
- アカデミー美術賞:アレクサンダー・トルボフ
- アカデミー編集賞:オソー・ラヴァリング、ドロシー・スペンサー
ニューヨーク映画批評家協会賞
- 受賞
- 監督賞:ジョン・フォード
主題歌
主題歌:『駅馬車』(映画タイトルと同じ)
- イギリス民謡「The Ocean Burial」を編曲したもの。★