『サムサッカー』
『サムサッカー』(Thumbsucker)とは、1999年にウォルター・キルン
が発表した小説、及びそれを原作としたアメリカ映画。
映画
サムサッカー
監督マイク・ミルズ
脚本マイク・ミルズ
キャスト
- ジャスティン・コッブ:ルー・テイラー・プッチ
- オードリー・コッブ:ティルダ・スウィントン
- マイク・コッブ:ヴィンセント・ドノフリオ
- ペリー・ライマン:キアヌ・リーヴス
- マット・シュラム:ベンジャミン・ブラット
- レベッカ:ケリ・ガーナー
- ジョエル・コッブ:チェイス・オファーレ
- ギアリー先生:ヴィンス・ヴォーン
現代の『ライ麦畑でつかまえて』。
ザ・家族。ザ・青春。ザ・中二病。
誰も僕を分かってくれない。俺の凄さを分かってくれない。夢と現実の未分化。
親の男性性や女性性を受け入れられない。
ウザイっちゃウザイ。
しかしウザイのが青春。
無駄しかないのが青春。しかしゴミもキラキラ見えるのが青春。
そういう感じが、実在の誰かをマジックミラーのこっち側から見ているかのごとくリアルに描かれている。
しかしそれも抽出。美しい詩のようなリアル。美しい詩のようなウザさ。美しい詩のようなゴミ。美しい詩のような失敗と挫折。
マイク・ミルズとはそういう監督なのだろう。
今これ▼(ウィキペディアの記事)を見て本当に驚いたのは、(あの作家の感じに凄く似てる......)、と思いながら出てこなかったその名が正にあったこと。
ミランダ・ジュライ。
凄く嬉しい。方位磁石なしで真北に来られた感じ(笑)。
だとするとなお凄く良く分かる。つまりミランダ・ジュライだ、ということで。
★ マイク・ミルズ(Mike Mills, 1966年3月20日 - )は、アメリカ合衆国の映画監督、脚本家、グラフィックデザイナー。
経歴
1966年3月20日[1]、カリフォルニア州バークレーに生まれる[2]。同州サンタ・バーバラで育った[3]。1989年、クーパー・ユニオンを卒業する[4]。
アディダス、ナイキ、ギャップなどのCMを監督し[5]、エール、ブロンド・レッドヘッド、パルプなどのミュージック・ビデオを監督した[6]。また、ソニック・ユースやビースティ・ボーイズのレコード・カヴァーのデザインを手がけている[7]。
2005年、『サムサッカー』で長編映画監督デビューを果たす[8]。2009年、🔶🔶🔶🔶ミランダ・ジュライ🔶🔶🔶🔶と結婚した[9]。2010年、ユアン・マクレガー主演の『人生はビギナーズ』を監督し[10]、主人公の父親役を演じたクリストファー・プラマーにアカデミー助演男優賞をもたらした。2016年の『20センチュリー・ウーマン』では、アカデミー脚本賞にノミネートされた。
フィルモグラフィー
長編映画
- サムサッカー Thumbsucker (2005年) - 監督・脚本
- マイク・ミルズのうつの話 あなたの魂は風邪をひいていますか? (2007年) - 監督・製作
- ビューティフル・ルーザーズ Beautiful Losers (2008年) - 出演
- 人生はビギナーズ Beginners (2010年) - 監督・脚本
- 20センチュリー・ウーマン 20th Century Women (2016年) - 監督・脚本
- カモン カモン C'mon C'mon(2021年) - 監督・脚本
ストーリー
アメリカ・オレゴン州
に住む17歳のジャスティンは、
内向的な少年で、親指をしゃぶる癖が未だに治らない。両親の心配も手伝って、行き着けの歯医者の先生ペリーにその悩みを相談すると、彼はジャスティンに催眠術をかけその癖を治してくれた。しかし親指しゃぶりができなくなったことに段々と不安が募り、自制心がきかなくなったジャスティンは、ADHD(注意欠陥多動性障害)との診断を受け抗うつ剤を処方される。薬の効き目はすぐに表れ、以前とは比べものにならないほど活動的になったジャスティンであったが...。★
ADHD(注意欠陥多動性障害)って、程度の問題。青春とはADHDだし、ADHDは青春の必要十分条件だと思う。
過敏なのが青春。自意識過剰なのが青春。承認欲求オバケなのが青春。だからジャスティンは普通の17歳。普通の17歳の平均値。
脇の役者が凄い。ティルダ・ウィンストン(母役)に、
キアヌ・リーブス(かかりつけの歯科医役)。
美意識もルックスも美し過ぎる二人が平均値を演じる。こういう人、いる、を演じる。
お父さん役のヴィンセント・ドノフリオの哀愁も凄い。
先生も、こういうちょっと嘘臭い先生、いる、と思う。
初めての彼女は、
ジャスティンをお試し台のように思っている。やがて来る大事な時のための練習台のようにジャスティンをとらえている。それにキレるジャスティン。青春とは、キレるのが仕事。キレるたびに、脱皮して心が大きくなる。
指しゃぶりの癖が抜けずに何事にも集中できないジャスティンは、ADHDと診断され、薬を飲むことになる。プラシーボ効果のような、思い込みも大いにあるだろうが、薬は効いたようでジャスティンは集中してぐんぐんディベートの実績を上げてゆく。しかし先生は、そんなジャスティンを「舌先三寸」などと喝破したりもする。
ジャスティンはどんな些細なことも受け流すということができない。過敏に反応、過剰に反応。それに疲れる両親。両親二人をファーストネームで呼び、父親の部屋に入って「二人はなぜ恋に落ちたのか」、など本気で深堀りしようとする。自分は妥協の産物ではないかと、家庭内で出生原因ポリスしているのだ。自分だけにゾッコンでいなければならない目立って美しい母が、ある男性俳優のファンであるのも気に入らない。母は、セレブが入っている中毒リハビリセンターに転職したのだが、そこには母がファンである俳優も麻薬中毒で入ったばかり。
ありがちと言えばありがちなのだが、まだ母に恋しているジャスティンは、その情熱のままに夜母の職場に行き、件の俳優▲に声を掛けられる。
でも、全ては経験。失敗だらけの傷だらけの青春。
そんな泥沼の中でジャスティンはもがきあがき、逞しくなってゆく。
無理と言われていたニューヨークの大学に、内緒で書類を送り、受かってしまう。
ニューヨークに行けば、きみが前言っていたニュースキャスターになれるかもよ、と歯科医。この歯科医も、ジャスティンに本気でぶつかってこられて、一回玉砕、内面が生まれ変わった。二人は、年の離れた友人という感じ。
弟も、口は煩いが離れるのは寂しいという、ザ・弟。
ニューヨークへの機内で、ジャスティンは夢を見る。
観客は始め、スピード出世でもうジャスティンはニュースキャスターになったのかと思うが、
それはジャスティンの妄想夢。
気づくとジャスティンは機内で、また指をしゃぶっていて、それをくすくす笑って見ている同年代の女の子。それに気付いて嬉しくなったジャスティンが自己紹介すると、女の子も素直な笑顔で応答。
ザ・成長。そして人生は第二章へ、という、霧のち晴れの、こじらせ青春ムービー。
依存症とはバランスの、激しい悪さ。青春とは依存症。我々も存在に依存する霊魂、と思った。存在とはある集中、滞り。散漫だと寂しいから、霊魂はおしくらまんじゅうして存在という現象になってしまう。そしてそれがまた、肉体という現象に取りつき。つまり幽霊も動物も植物も、存在は全て中二病、青春真っ只中、と思った。
この彼女の出てくるシーンに、『アメリカン・ビューティー』を想起。つまりミーナ・スヴァ―リと、=男性の脳内の美しい妄想ビジョンを想起。
ミーナ・スヴァ―リ