『スウィーニー・トッド』
スウィーニー・トッド(Sweeney Todd)は、19世紀中頃の様々なイギリスの怪奇小説に登場する架空の連続殺人者であり、ロンドンのフリート街に理髪店を構える悪役の理髪師である。
トッドの理髪店の椅子には仕掛けがしてあり、裕福な人物を地下に落として殺害し、身に着けていた金品を奪い取る。また、得物として用いる剃刀で被害者の喉を掻っ切ってとどめを刺す。
物語のバージョンによっては、トッドの愛人あるいは友人か共犯者であるパイ屋の女主人(ラベット、マージョリー、サラ、ネリー、シャーリー、クローデット等の様々な名を持つ)が死体を解体してトッドの犯罪を隠匿し、その肉をミートパイに混ぜて焼き上げ、何も知らない客に売りさばく。トッドはトビアス・ラッグという名の若者も見習いに雇っており、トッドの犯罪に気付いていなかったラッグは物語の後半でトッドの犯罪の暴露に一役買うことになる。物語のほとんどのバージョンで、トッドは若い婦人ジョアンナ・オークリーと船員マーク・インジェストリー(ミュージカルと2007年の映画ではトッドの娘ジョアンナ・バーカーとアンソニー・ホープ)の駆け落ちに協力するか妨害(時にはその両方)を行う。
トッドは全く架空の人物というわけではない可能性があり、恐怖小説や殺人小説を多く手がける作家ピーター・ヘイニング (Peter Haining (author)) は、2冊の著書[1][2]においてトッドが1800年頃に犯罪に手を染めた実在の人物であると主張している。しかし、ヘイニングの引用について検証を試みた他の研究者らは、ヘイニングが主張の裏付けとしている出典の中にその論拠を見出せなかった[3][4][5]。しかしながら、フランスではパリのラルプ通りで起きたというトッドの物語に似た言い伝えが存在する。
『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(スウィーニー・トッド フリートがいのあくまのりはつし、英: Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street)は2007年にイギリス・アメリカで製作された、ティム・バートン監督のミュージカル・ファンタジー・ホラー映画。作品は、スティーヴン・ソンドハイムとヒュー・ホイーラー(英語版)[注釈 2]が手掛け、トニー賞を獲得した1979年の同名ミュージカルを原案にしたもので、腕のいい理髪師ながら、愛用の西洋かみそり(英語版)で客を次々殺めていくスウィーニー・トッドと、それを助け犠牲者の肉をミートパイにしていたラヴェット夫人(英語版)を描く、ヴィクトリア朝のロンドン・フリート街を舞台としたメロドラマ風作品である。
バートンは、学生時代に観たソンドハイムのミュージカルが持つ映画のような質に衝撃を受け、1980年代初頭から映画版を作りたいという意欲に駆られていた。2006年、ドリームワークスは、サム・メンデスを降板させてバートンを監督に据えると発表し、長年の夢が叶うことになった。ソンドハイムも、製作期間中多大な助言を与えるなど全面協力した(→#製作)。
主人公のベンジャミン・バーカー/スウィーニー・トッドはジョニー・デップ、ラヴェット夫人はヘレナ・ボナム=カーターが演じた。主撮影直前までデップ自身の歌声は全く知られておらず、プロデューサーのリチャード・D・ザナックは一か八かの賭けだと感じたという。しかし、デップは音楽としての質こそ欠けていると評価されたが、批評家には役柄に合った歌声だと概ね好意的な評価を得た(→#音楽、#批評)。
作品はアメリカ合衆国で2007年12月21日、日本で2008年1月19日、イギリスで同1月25日に封切られた。作品は、ゴールデングローブ賞 映画部門 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門)、ゴールデングローブ賞 映画部門 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)(デップ)、アカデミー美術賞などをはじめ多くの賞を獲得した。ラヴェット夫人役のボナム=カーターはゴールデングローブ賞 映画部門 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)にノミネートされたほか、デップもアカデミー主演男優賞にノミネートされた(→#受賞とノミネート)。アメリカでは際立った興行成績を残さなかったが、作品は世界中で公開され、サウンドトラック・アルバムやDVDも販売枚数を数多く重ねている(→#ディスクリリース)。
刃物による殺人や焼殺シーン、カニバリズム描写があることから、同監督の作品としては日本で初めてR15+指定を受けた(→#各国のレイティング)。
あらすじ
舞台はヴィクトリア朝中期のロンドン・フリート街[7]。理髪師のベンジャミン・バーカー(演:ジョニー・デップ)は、船乗りのアンソニー・ホープ(演:ジェイミー・キャンベル・バウアー)と共にロンドンに到着する。物語開始から遡ること15年前、彼は美貌を誇る妻ルーシー(演:ローラ・ミシェル・ケリー(英語版))を狙った治安判事のターピン(演:アラン・リックマン)により、無実の罪を被せられてオーストラリアへ流罪にされていた。バーカーは「スウィーニー・トッド」と名前を偽り、ラヴェット夫人(演:ヘレナ・ボナム=カーター)が階下で閑古鳥の鳴くミートパイ店を営む、フリート街のかつての店へと戻る。トッドはラヴェット夫人から、妻ルーシーがターピンにいたぶられ、砒素を呑んで自殺したこと、そして娘ジョアンナ(演:ジェイン・ワイズナー)がターピンに軟禁されていて、彼の欲望がジョアンナに向かっていることを聞かされる。トッドは復讐を誓い、ラヴェットが大切に保管していた西洋かみそり(英語版)を受け取って理髪店を再開する。その間にアンソニーは、窓辺に顔を出したジョアンナと恋仲になるが、ターピンに捕まえられ、その部下であるバムフォード(演:ティモシー・スポール)につまみ出される。
トッドは偽イタリア人の理髪師アドルフォ・ピレリ(演:サシャ・バロン・コーエン)が売る発毛剤がペテンだと見抜いたことで、ピレリと民衆の前で髭剃り競争を行うことになる。競争に勝ったトッドだったが、剃刀と手つきからピレリに正体を見破られてしまう。数日後、ピレリはアシスタントのトビー(演:エド・サンダース)とトッドの店を訪れ、自分が昔バーカーの見習いとして働いていたデイヴィー・コリンズであることを明かした上で、秘密を隠す代わりに売り上げの半分を寄越すようトッドを脅す。トッドは秘密を守るため衝動的にピレリを殺し、階下ではトビーの身の上に同情したラヴェットが、彼を引き取ろうと心に決める。
髭剃り競争の審判をしたバムフォードに勧められ、ジョアンナとの結婚を目論むターピンがトッドの店へ訪れる。トッドは髭剃りがてらターピンののどを掻き切って殺そうとするが、アンソニーがジョアンナとの駆け落ち計画を携えて駆け込んできたことで、ターピンが激怒して店を出て行ってしまう。復讐に失敗したトッドは、いつか仇を討つ日を思いつつ、顧客を次々に殺すことを怒りの捌け口とし、ラヴェットは犠牲者の肉でミートパイを作って売り捌くようになる。一方のアンソニーはジョアンナの行方を追うが、駆け落ち計画を知ったターピンは彼女を精神病院送りにしてしまう。
人肉パイで大繁盛したラヴェットは、引き取ったトビーと、トッドとの3人で海辺に暮らす夢を歌い上げるが、トッドは気乗りしない。店の周りには、汚らしい身なりの女性(演:ローラ・ミシェル・ケリー)がうろつくようになり、ラヴェットはトビーを使って女を追い返す。アンソニーからジョアンナの居場所を突き止めたと知らされ、トッドはかつら職人の見習いを装って彼女を助けるよう助言する。その後トッドはターピンへ手紙を出し、アンソニーとジョアンナの駆け落ち計画をだしにして彼を誘き出す。トッドを疑い始めたトビーは、自分がラヴェットを守ると申し出るが、彼女がピレリの小銭入れを使っていたことで狼狽する。
バムフォードがラヴェットのパイ屋に現れ、近所の住民が店の煙突から異臭がすると訴えていることを伝える。トッドは無料で髭剃りをしようとバムフォードを店へ招き、そのまま彼を殺す。トッドは手作りの回転椅子と仕掛け扉で、彼の遺体を地下にあるラヴェットの厨房へ落とすが、そこにいたトビーは、トッドが殺した人間の肉がパイのペイストリーに使われていたことを知ってしまう。同じ頃、ジョアンナを救出したアンソニーは、彼女を若い船乗りに変装させてトッドの店に連れて行き、自分が帰るまでここにいるよう言い含める。その後ラヴェットの店の周りをうろついていた女性が、バムフォードを追ってトッドの店に現れ、ジョアンナは店のトランクに隠れる。女性はトッドを認めて何か話そうとするが、トッドは早業で彼女を殺し、仕掛け扉から地下へ遺体を落とす。
直後、ターピンが再び店に訪れ、トッドはジョアンナが後悔していたと嘘をつき髭剃りを申し出る。ターピンがトッドの話から、彼の正体がベンジャミン・バーカーだったと知ったところで、トッドは何回も切りつけてターピンを殺害し、遺体を地下へ落とす。ジョアンナは様子を伺うためトランクから顔を出し、トッドの手にかけられそうになるが、ラヴェットの悲鳴が彼女を助ける。
悲鳴を聞いて地下に向かったトッドは、先ほど殺した女性が、死んだと聞かされていた妻ルーシーであることに気付く。ラヴェットの嘘に激怒したトッドは、ワルツを踊ると見せかけて彼女をオーブン窯へ放り込んで殺し、妻の亡骸を腕に抱く。そこへ下水道に逃げ込んでいたトビーが戻ってくるが、トッドはトビーに剃刀でのどを掻き切られるのを黙って受け入れる。トビーは地下室を去り、トッドはルーシーの亡骸を抱いたまま、首から血を流して死んでいく。
キャスト
- ベンジャミン・バーカー / スウィーニー・トッド
- 演 - ジョニー・デップ
- 腕の良い理髪師で、美しい妻と娘に恵まれて幸せな生活を送っていたが、その妻ルーシーを狙ったターピンによりオーストラリアへ流罪にされる。15年の後脱獄してフリート街に戻り、ラヴェット夫人から妻と娘の行方を聞かされる。その後スウィーニー・トッドとの偽名を用いて理髪店を営みつつ、ターピンへの復讐の機会を伺う。
- ラヴェット夫人(英語版)
- 演 - ヘレナ・ボナム=カーター
- バーカーの店があった場所で売れないパイ屋を営み、その後店の2階をトッドの理髪店用に貸し出す。トッドが殺した客を使った人肉パイで店が大繁盛し、引き取ったトビーと3人での新生活を思い描くようになる。
- ターピン判事
- 演 - アラン・リックマン
- バーカー夫人だったルーシーに横恋慕し、彼女を略奪するため、権力を濫用してバーカーを流罪にした好色な判事。バーカー夫妻の娘のジョアンナを養女として引き取り、屋敷に軟禁している。
- ビードル・バムフォード
- 演 - ティモシー・スポール
- ターピンの腰巾着としていつも帯同する小役人。トッドによって殺される。
- ジョアンナ・バーカー
- 演 - ジェイン・ワイズナー
- バーカー夫妻の一人娘。両親が去った後、養女としてターピンに引き取られ軟禁されている。窓越しに出会ったアンソニーと恋仲になるが、ターピンに見つけられ、無理矢理結婚させられそうになる。
- 物語中盤、ターピンによって精神病院に幽閉されるが、アンソニーに救出された後、若い船乗りに変装してトッドの店のトランクに身を潜める。しかしそのトランクの中からトッドによる殺害現場を目の当たりにし、自身もトッドの手にかけられそうになるも、辛うじて難を逃れたが、その後の消息は不明。
- アドルフォ・ピレリ
- 演 - サシャ・バロン・コーエン
- イタリア語訛りの英語で、助手の少年トビーと発毛剤を売っている。実際は生粋のイギリス人で、幼い頃にはバーカーの理髪店で見習いとして働いていた。トッドとの髭剃り競争を行って敗れるが、その手捌きからトッドがベンジャミン・バーカーだと見抜き、最初の犠牲者となる。
- ルーシー・バーカー / 物乞いの女
- 演 - ローラ・ミシェル・ケリー(英語版)
- バーカーの妻で、その美貌からターピンに見初められる。夫が流罪になった後は身をやつして暮らしていたが、ラヴェットは毒を飲んで死んだと嘘をついていた。バムフォードを追ってやってきたところでトッドの手にかけられる。
- アンソニー・ホープ
- 演 - ジェイミー・キャンベル・バウアー
- 脱獄してロンドンに戻ってきたバーカーを助けた船乗り。ジョアンナと恋仲になるが、駆け落ち計画がターピンに露見して窮地に立たされる。トッドはこの計画を利用してターピンを誘き出す。
- 物語中盤、ターピンによって精神病院に幽閉されていたジョアンナを救い、彼女を変装させた上で自分が戻るまでトッドの店で待ってるよう、彼女を残して逃走のための馬車を探しに向かったが、その後の消息は不明。
- トビー
- 演 - エド・サンダース
- ミュージカル版のトバイアス・ラグに相当。ピレリと共に発毛剤を売っていたが、ピレリがトッドに殺された後、ラヴェットに引き取られてパイ屋で働くようになる。
- しかし次第にトッドを疑い始め、ラヴェットに訴えるもトッドを愛している彼女には聞き入れてもらえず、後にトッドの正体やパイの具材が彼が殺した客の人肉だったことを知る。一時は下水道から逃走を図るも、ラヴェットが殺された直後、彼女の復讐のために自らトッドを手にかけるが、その後の消息は不明。
スタッフ
- 監督:ティム・バートン
- 原作:スティーヴン・ソンドハイム、ヒュー・ホイーラー(英語版)
- 脚本:ジョン・ローガン
- 製作総指揮:パトリック・マコーミック
- 製作:リチャード・D・ザナック、ウォルター・F・パークス、ローリー・マクドナルド、ジョン・ローガン
- 音楽:スティーヴン・ソンドハイム
★舞台は19世紀の英国ロンドン。
無実の罪で投獄され、その首謀者に妻も娘も奪われた男が、名前も姿も変え、ロンドンのフリート街へ戻ってくる。
15年ぶりに再開した理髪店、そこで腕を振るうのは、殺人理髪師スウィーニー・トッド。
胸には復讐、目には狂気、そして手にはカミソリを――。
そんなトッドの共犯者となるのはトッドに思いを寄せる、売れないパイ屋の女主人。
2階の床屋へ入ったお客は、好むと好まざるとにかかわらず、階下のパイ屋へ行く仕組み。
やがて煙が立ち昇り、この世のものとは思えない美味しいパイが焼きあがる……!★
このパイの中身が、二階の理髪店で、トッドが剃刀で首を搔っ切って殺した客の肉。
こういう話というのがいかにも19世紀のロンドンという感じがする。
人間関係には『レ・ミゼラブル』を想起する。おどろおどろしい雰囲気は『オペラ座の怪人』にも似ている。
トッドの美しい奥さんルーシー▼
に目をつけたターピン判事▼が、
邪魔者のトッドを無実の罪で流罪にした。
ルーシーは判事にいたぶられ、ヒ素を飲んで消えたことになっていたが、実は生きていて、パイ屋の周りを狂人となってきたない身なりでうろつき、物乞いをしている。これに『安寿と厨子王』を感じる。
判事は、トッドの娘ジョアンナを軟禁している。
流罪にされていたトッドは、船に乗って復讐のためにロンドンに戻ってくる。
その船に乗っていた若い船乗りアンソニーは、その後ジョアンナに恋をして駆け落ちしようとする。
トッドは船から降りると、自分が以前理髪店を開いていたところの一階の店に入る。
そこはラヴェット夫人が開く、客の全然来ないパイ屋。
ここのパイの中身には、ネズミの肉を使っているらしい。他の繁盛している○○夫人のパイ屋では、猫の肉が使われているらしい。
こういう話が流布するというのは、実際こういう所があったのかもしれない。
少なくとも、人々の脳内にはあり、その脳内パイ屋はシェアされていた。所謂都市伝説。
しかし都市伝説というのは、ある意味人間の秘めた願望のストーリー化なのだろう。
トッドとラヴェット夫人には通じるものがあり、やがて共犯者になってゆく。
トッドは、娘のジョアンナを軟禁しているターピン判事が客としてやって来たとき剃刀で殺そうとするが、絶妙なタイミングでアンソニーがやって来て「ジョアンナと駆け落ちしようとして……」と口走ったため、このアンソニーとトッドに関係があるとターピン判事にバレ、判事は怒って帰ってしまう。判事は、トッドが、自分が軟禁していてもうすぐ結婚しようとしている養女ジョアンナの父だとは気づいていない(「トッド」は偽名)。
こういう、人間関係が近すぎるというのがロンドンの、シェイクスピア劇の流れの特徴だと思う。
しかし、20世紀、1901年に入る以前というのは、こういうイッツアスモールワールド、だったのだろう。交通手段が限られていて、それを使えるのは富の集中した一部の資本家だけだったのだろうから。
この映画は、1979年にスティーヴン・ソンドハイムが作った同名ミュージカルを下地にしている。
★スウィーニー・トッド(Sweeney Todd)は、19世紀中頃の様々なイギリスの怪奇小説に登場する架空の連続殺人者であり、ロンドンのフリート街に理髪店を構える悪役の理髪師である。★
この雰囲気は、江戸川乱歩っぽいとも感じた。
★江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、旧字体:江戶川 亂步、1894年〈明治27年〉10月21日 - 1965年〈昭和40年〉7月28日)は、日本の推理小説家、怪奇・恐怖小説家[1]、アンソロジスト[2]。★
愛される、というより、必要とされる架空の殺人鬼というものがいる。
きっと、うまくいかないと感じる鬱憤などの悪感情の掃除屋、または本能的な攻撃性の解放なのだ。憂さ晴らし。
その架空の殺人の鬼がそうしてくれるお陰で、人間はそれをせずに済む。
その架空の人物に最悪なことをシミュレーションさせ、ああ発端してああ過程するとああいう末路になっちゃうよ、という反面教師、心のストッパーになっていたのだろう。
大人は戒めに、こどもには躾として使った。
この戒め、見せしめというのは、ある時期まで為政者にとっては最も有効な治め方だったのだろう。とにかくビビらせて、従わせるという方法。
だから公開ギロチンをした。
架空の殺人鬼は、必要が絶えなかったから、今もある。
心の蛭なのだろう。心の悪を吸わせて太ったら、その蛭を捨てればいい。ヒトガタにも似ている。邪気を吸わせて流す、身代わりなのだ。
泣いた赤鬼の青鬼にも似ている。つまり、悪役だ。鬼にその役をさせて、それ以外の者は不浄から自身を守るのだ。
偽イタリア人の理髪師アドルフォ・ピレリ▼(写真真ん中)を、トッドは殺した。
ピレリにこき使われていた孤児トビー(写真向かって右。商品の偽増毛剤のサクラとして、カツラを付けて増毛偽証拠人モニターとなっている。)
に同情したラヴェット夫人は、トビーを引き取ることになる。トビーは宣伝の名手。とたんに人肉パイ屋は大繁盛。身分の低い者しか客にしていないからバレない、とラヴェット夫人。(トビーは、パイの中身が人肉だとは知らない)
ここでラヴェット夫人は、トッドに、「ルーシーの顔を思い出せる?もう覚えていないんでしょう?憎しみは忘れて二人で新しい人生を送っていきましょうよ」と言う。
その言葉になびきそうになるトッド。しかしそこへ、アンソニーが駆け込んできて、「自分と駆け落ちしようとしていたジョアンナがバレて、ターピン判事によって精神病院に入れられた!」と言う。
するとここがトッドの頭の良さで、こういうことをすぐに思いつくからトッドが魅力的なのだが、
「カツラの髪の毛は精神病院の患者から取ってくるんだ。お前は、理髪店の弟子を装って病院に入り込み、入ったらジョアンナを連れ出してこい」と言う。
アンソニーは走り出す。
これは、「早く引退して二人で悠々自適の老後を過ごしましょう」と妻が肩に手をかけると大仕事が入ってきて引退延期、という終われない、終わらせたくない、終わる訳にはいかないシリーズ物のノリ。
トッドは、ターピン判事への手紙を書く。「ターピン判事へ警告。船乗りがジョアンナを誘拐しました。今夜二人を店に呼んであります。日没後、お越しを。」
そして一階でラヴェット夫人を手伝っていたトビーを呼び、
「裁判所を知っているか?」と訊く。
「知っています、行ったことはないけど。」とトビー。
「これを持って行って、ターピン判事に渡せ」
「裁判所で判事に渡す?」
「人を介さず、判事に手渡せ」
「途中で食料品店に寄って……」
「ダメだ、寄り道も会話も禁止。手紙を届けるだけだ」
「分かりました」
とトビーはトッドの理髪店を出る。
帰ってきたトビーは一階のラヴェットのところに行く。
「何してたの?」
「トッドさんのおつかいに。帰りに、昔いた施設を見てきた。
奥さんがいなけりゃ、今頃あそこにいるか、もっと悪いところに……。奥さんは神の使いだ。」
「お前も神の使いよ」
「聞いて。僕、何でもする。例えば、奥さんがそばにいる悪党に気が付かなくても」とトビーはトッドのことをほのめかす。
「どうしたの?何の話?」
「悪魔は僕が追い払ってあげる。どんな手を使っても」トビーのこの決意がラストへの伏線。
「そんな心配要らないわ」
「誰にもあなたを傷つけさせたりしない。僕は見捨てない。口笛を聞けば駆け付ける。悪魔の笑顔に惑わされても、それは一時だけのこと。あなたは大丈夫。僕がそばにいる限り」と歌い上げる。この映画は、ミュージカル&セリフ映画。しかし歌の高揚感が不自然ではない。歌い上げ過ぎて演者がその歌に恍惚、という感じにはならない。あくまでもストーリーの流れの中。そこからいきなり話の動線が不自然に空中に飛んでいったりはしない。
「優しい子ね」とラヴェット夫人。この二人の絆が大事。これが真実でないと、ラストが嘘っぽくなる。
「でも、訳が分からないわ、何が言いたいの?」
「トッドさんは信用できないと思う。大丈夫。僕はバカじゃない。利口でもないけど。僕に任せて。どんなに大変でもやり遂げる。心配しないで。親しくて頭がよくても、誠実とは限らない。僕はあなたに隠し事なんかしない。誰かと違って。」と二階を見上げるトビー。
「トビー。バカな話はやめて。いいこと考えた。ピカピカのペニーを上げるから、お菓子代に。」とラヴェット夫人が財布を開けると
「ピレリさんの財布!」ピレリさんとは、トビーが雇われていた偽イタリア人理髪師。トッドが殺し、ラヴェット夫人はそれを一緒に隠ぺい、その死肉でパイを作ることを思いつき、そして店を繁盛させた。しかし、トビーはそんなことは知らない。
「Mr.T(トッド)からの誕生日祝いよ」
「それが証拠だ!役人に訴えよう」
「しーー、ダメよ、どこにも行かないで。ここにいて、わたしのそばを離れないで。親切なトッドさんのことを悪く言わないで」
と抱きしめる。
「お前は大丈夫、あたしがそばにいる限り。誰にも傷つけさせない。
ちょうどいい機会だわ。考えていたの。『パイ作りを手伝いたい』って言ってたでしょ?せっかくだから、今すぐ手伝ってくれない?」
とラヴェット夫人はトビーを、地下のパイ工場に連れてゆく。
するとひどい匂い。
「下水から匂いが上がってくるの。ネズミの死骸の匂いよ」とラヴェット夫人はトビーに人肉ミンチを挽かせる。これでトビーも共犯者。
同じ頃、精神病院に侵入したアンソニー。
「そう、子供たちの髪を売るのは互いのためになる」と職員。
「ここが黒髪、ここが赤髪、ここが金髪。黄金色がお望みで?」
「はい」とアンソニーが答えると、職員は檻を開けた。
金髪の患者たちが脅えて逃げ回る。
中で一人、全く脅えていない女性。その人こそ、ジョアンナ。
「彼女の色がいい」と言うと、
「おいで」とジョアンナに言う職員。
「キャンディーをあげるから笑って」と職員がジョアンナに言い、「どこを切りましょう」とアンソニーに言ったその時、アンソニーは銃を出し、「声を立てると命はないぞ。あとは子供たちの好きなように」。
言ってジョアンナを連れて逃げ出すと、こどもたちが職員にわーーーっと襲い掛かる。ここは笑ってしまった。
一方ラヴェット夫人はトッドに、「あの子が逃げたら終わりよ」とトビーが気づき始めていることを話す。
「逃がさん」
「そんな」
「判事が来る」
とそこへ、判事の腰巾着のバムフォード(▼動画向かって左。右は、トッドを流罪にしたあとトッドの奥さんルーシーに花を捧げようとしているターピン判事)がやって来た。
「今日は公用で来た。お宅の煙突から上がる煙のことで苦情が。
異臭がするという。衛生管理と公共福祉が私の仕事であるからして、申し訳ないが、点検させてくれ、調理場を」とバムフォード。
トッドに視線を送るラヴェット。
「もちろんどうぞ。でもその前に、二階でヒゲそりはどうです?」とトッド。
「うれしいお申し出だが、まず務めを果たしたい。」
「分かります。ところで、この麗しい香りは何ですか?」とトッド。
「竜涎香(りゅうぜんこう)を配合してある。」
★龍涎香(りゅうぜんこう)★『八月の鯨』にも出て来た。★
あるいはアンバーグリス(英: Ambergris)は、マッコウクジラの腸内に発生する結石であり、香料の一種である[1]。
生成されたばかりの龍涎香は、海の匂いや糞便臭がする。熟成するにつれて、甘い、土の香りになり、一般的には、蒸気質の化学的渋みのない、消毒用アルコールの香りに例えられる[2]。★
「もっとお似合いの香水をお試しになりませんか?ご婦人がほっときません」とトッドが言うと、
バムフォードは目の色を変えて、
「ここは専門家に任せよう」。
「すぐ済みます。ベーラムなどいかがですか?」と二階へ連れていくトッド。
★ベイラム(bay rum)は、ベイツリー (英語版)とラム酒で作った化粧品。
ベイツリーの葉または実もしくは両方を漬けたラム酒を蒸留または濾過したもの。好みでシナモン、オールスパイス、オレンジの皮、精油などで香りを付ける。
独特の香気を持ち、アフターシェーブローション、ヘアトニック、オーデコロン、シェービングソープの香り付け、石鹸の香料として使用する。ベーラムとも表記する。★
「身が引き締まる」とバムフォード。
家の近くの物陰には、トッドの妻ルーシーがいる。
地下のパイ工場で出来上がったばかりのパイを食べるトビー。
何かが歯に当たった。
口から出すと、爪の付いた指先。
指とパイを見比べて何かに気づいたトビー。すると天井が開き、上で殺されたバムフォードの死体が落ちてくる。
「ここから出して!」とドアを叩くトビー。しかし閉じ込められている。
「トビーどこにいるの?」とラヴェット夫人が猫なで声で呼ぶ。
「トビー」と呼ぶトッドの手には剃刀。
トビーは、下水道に逃げたのだった。ここも『レ・ミゼラブル』に似ている。
そこへアンソニーが、船乗りに変装させたジョアンナを連れて駆け込んでくる。
「待ってて。馬車を捕まえて30分で戻る。もう安全だ」とアンソニー。
「二人で逃げて、夢が叶うの?」とジョアンナ。
「うまくいけば」
「夢なんて悪夢しか知らない」
「ジョアンナ。自由になれば悪夢も消える」
「いいえ、それは無理だわ」
「すぐ戻る。30分後には自由だ」
その後ラヴェットの店の周りをうろついていたトッドの妻・ジョアンナの母ルーシーが、ターピンの腰巾着バムフォードを追ってトッドの店に現れ、ジョアンナは店のトランクに隠れる。気がふれているルーシーはトッドを悪魔と罵った後で何かを思い出したかのように「どこかで会った?……」と一瞬正気に戻って何か話そうとするが、トッドは早業で彼女を殺し、仕掛け扉から地下へ遺体を落とす。
直後、ターピンが再び店に訪れ、トッドはジョアンナがあなたとの結婚を決めたと嘘をつき髭剃りを申し出る。
ここでのトッドとターピンの歌の掛け合いが素晴しい。
アラン・リックマン演じるターピンの低音は、まるでホラー映画のヴィンセント・プライス▼のように響く。アラン・リックマンは『アリス・イン・ワンダーランド』で青芋虫のアブソレムを演じた人。
「こんなに気の合う男は珍しい」とターピン。
「確かに、女の趣味は」とトッド。
「何だと?」
「老けたせいもあるが、理髪師の顔は、被告席の囚人と同様、記憶に残らんらしい」
「ベンジャミン・バーカー……。」
「ベンジャミン・バーカーだ!」
と叫び、トッドは何回も切りつけて血を噴出させながらターピンを殺害し、遺体を地下へ落とす。
「お前の務めは終わった。永遠の休息を与えよう」と血まみれで剃刀に微笑むトッド。
ジョアンナは様子を伺うためトランクから顔を出し、娘と気づかぬトッドの手にかけられそうになるが、地下のラヴェットの悲鳴でトッドの手が止まる。「この顔を忘れろ」とトッドはジョアンナに言い、地下に行く。
地下でトッドは、先ほど殺して落した女性が、死んだはずの妻ルーシーであることに気付く。
「だから『どこかで会った』?と言ったのか……。
知っていたのか」とラヴェット夫人に訊くトッド。
「あなたのためよ」
「よくも嘘を」
「いいえ、嘘はついてない。『彼女は毒を飲んだ』と言っただけ」。こういう、死んだはずなのに実は生きていた、又は、死んでいないのに埋めてしまって結果死んだ、というような話、今ほど行政の戸籍管理がしっかりしていない時代の土葬の国ではよくあったのかもしれない。
「彼女は、正気を失い、精神病院に入ったの。あなたを愛してたから嘘を。あたしの方がいい奥さんになる」とラヴェット。
「ルーシー、何てことだ。」
と言ったトッドは、
「ラヴェット、あなたはやっぱり素晴らしい人だ」と振り返り、ワルツを踊ると見せかけて彼女を、開いていたオーブン窯へ放り込んで殺す。
そして、安らかな美しい顔の妻の亡骸を腕に抱く。
そこへ下水道に逃げ込んでいたトビーが格子蓋を押し上げて密かに戻ってくるが、トッドはトビーに、自分が落とした剃刀でのどを掻き切られるのを、首をそらして黙って受け入れる。トビーは地下室を去り、トッドはルーシーの亡骸を抱いたまま、首から川のように血を流して死んでいく、という魂の心中エンディング。
最愛の人を取られた復讐が発端で、その最愛の人を自分が殺してしまうという、この世の一番地獄話。
息子のような存在の正義感のあるこどもに殺される父の話でもある。