『クルードさんちのはじめての冒険』
【ストーリー】
まだ文明が発達していない原始時代のころ。
クルード一家は、父グラグの「外の世界に出てはいけない」という家訓を守り、ほとんど外には出ずに洞窟で暮らしていた。
しかしある日、天変地異が起こって洞窟が崩壊してしまう!
家を失った彼らは自分たちの新たな居場所を見つけるため、初めて外の世界へ出ることに。
こうして原始人かぞくの驚きと不思議に満ちた冒険が始まった!
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内容(「キネマ旬報社」データベースより)
外の世界を知らない原始人家族の冒険を描いたドリームワークスアニメ。父の家訓を守り、ほとんど外出せず洞窟の中で暮らしていたクルード一家。そんなある日、一家の暮らす洞窟がいきなり崩壊してしまい…。“ユニバーサル・シネマ・コレクション”。
内容(「Oricon」データベースより)
原始時代、クルード一家は父の「外の世界に出てはいけない」という家訓を守り、ほとんど外へ出ず洞窟で暮らしていた。しかしある日、天変地異が起こって洞窟が崩壊してしまう。家を失った彼らは自分たちの新たな居場所を見つけるため、初めて外の世界へ出ることに。こうして原始人かぞくの驚きと不思議に満ちた冒険が始まった。ドリームワークスが贈る、アドベンチャー・エンターテイメント・アニメ。
『クルードさんちのはじめての冒険』(The Croods)は、ドリームワークス・アニメーション製作、20世紀フォックス配給による2013年の3Dコンピュータアニメーション映画である。声の出演はニコラス・ケイジ、エマ・ストーン、ライアン・レイノルズ、キャサリン・キーナー、クラーク・デューク、クロリス・リーチマンらである。
監督・脚本はカーク・デミッコ(英語版)とクリス・サンダース、プロデューサーはクリスティン・ベルソンとジェーン・ハートウェルが務めた[5]。2013年2月15日に第63回ベルリン国際映画祭でプレミア上映された後[6]、同年3月22日にアメリカ合衆国で封切られた[7]。ドリームワークス・アニメーションがパラマウント映画との配給契約を終了し、新たに契約した20世紀フォックスが配給する初の作品である[8]。
製作費1億3500万ドルに対して世界興行収入は5億8700万ドルを超えた[4]。シリーズ化が決まり、続編やテレビアニメが企画中である[9]。
日本では劇場未公開[3]だったが、2013年11月20日にDVDとブルーレイの販売、レンタルが開始された。
ストーリー
先史時代の真っ只中で、ほとんどの場合洞窟の中に隠れて、生きているグルーグ(ニコラス・ケージ)、妻のウガ(キャサリン・キーナー)、おばあちゃん(クロリス・リーチマン)、男の子のサンク(クラーク・デューク)、小さな女の子 激しいサンディ(ランディ・トム)と若いイープ(エマ・ストーン)。 彼らは、外の世界を恐れている父親が率いる家族、クルードです。 10代のイープが若いガイ(ライアン・レイノルズ)と出会うことになるので、大きな変化だけが起こりそうです。彼は信じられないほどの新しい世界を提示します。今、一緒に、彼らは大きな課題に直面し、新しくて楽しい時代に適応します。
キャスト
- クルード家の父親。家族思い。頭は固いが「時には臆病も必要」と語る哲学的な面もある。
- クルード家の娘の一人。10代。じっとしているのが苦手で好奇心旺盛で外の世界に興味がある。
- ガイ - ライアン・レイノルズ[10]
- イープが出会った男性。腕力はあまりないが頭はよい。
- ウーガ・クルード - キャサリン・キーナー
- グラグの妻。
- タンク・クルード - クラーク・デューク
- クルード家の息子。
- グラン - クロリス・リーチマン
- クルード家の祖母。
- ベルト - クリス・サンダース
- 猿に似た生物。
- サンディ・クルード - ランディ・トム
- クルード家の少女。
製作
2005年に『Crood Awakening』というタイトルで企画が発表され[12]、当時ドリームワークス・アニメーションと5本分の契約していたアードマン・アニメーションズがストップモーション映画として製作する予定であった[13]。ジョン・クリーズとカーク・デミッコ(英語版)はロアルド・ダールの物語『いじわる夫婦が消えちゃった!』を基とした作品のために働いていた[14]。ドリームワークスは脚本のコピーを入手し、彼らを同社に招いた[15]。彼らは慌てる2人の穴居人、発明家、ラッダイトといったアイデアを採用し[15]、脚本の最初のいくつかの草案を執筆した[16]。2007年位アードマンとの契約が切れ、映画の権利はドリームワークスに戻った[17]。
2007年3月、クリス・サンダースが本作を監督するためにドリームワークスに入り、脚本を書き直した[18]。2008年9月、サンダースが『ヒックとドラゴン』に参加するために『Croods』を保留することが報じられ[19]、公開予定は当初から1年遅れの2012年3月に延期された[20]。2009年5月、タイトルは『The Croods』に確定し、新たに共同監督としてカーク・デミッコ(英語版)が加わった[21]。2011年3月、別の理由により公開予定日はさらに1年遅れの2013年3月1日に延期され[22]、最終的に3月22日となった[23]。
公開
2013年2月15日、第63回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門外でプレミア上映された[6]。2013年3月22日にアメリカ合衆国で封切られた[7]。ハンガリーのブダペストのシネマ・シティ(英語版)劇場で4DX形式で上映された[24]。中国ではオリエンタル・ドリームワークス(英語版)が配給した初の作品として公開された[25]。
評価
批評家の反応
Rotten Tomatoesでは129件の批評家レビューで支持率は69%となった[26]。Metacriticでは30件のレビューで加重平均値は55/100となった[27]。
『USAトゥデイ』のクラウディア・プイグは4つ星満点中2つ星を与え、「適切に選択された声優たちと視覚的に見事なアニメーションの冒険が、精彩を欠いたユーモアと蛇行している物語によって妨げられている」と評した[28]。
「はじめ人間ギャートルズ」を想起した。
お父さんのグラグ▼。家族を守るため、新しいことは一切禁止させる。
食後に家族に話をすると、その内容はいつも、「○○(明らかに娘)は、◇◇という新しい物に出会って、死にました。」(笑)
つまり教訓話。
しかし、それは家族を守る為。お父さんは家族を教育しなければならない。危ないものを危ないと教えなければならない。
このお父さんの気持ちが痛いほど沁みる。しかし思春期の、性質が暴力的なほど活発な娘のイープは、この家のルールや洞穴暮らしの生活にもううんざりしている。イープはしばしば洞穴を脱け出る。
イープの気持ちも苦しいほどわかる。
洞穴の中で暮らす一家。
イープ▼。この十代のイープが、洞穴を抜け出し一人行動をしているときに、一匹狼的に生きている若い男と出逢ったからさあ大変、という流れ。
イープの一家以外にも家族はいたが、外敵に襲われたり風邪に罹ったりして全滅。お父さんグラグには、自分のやり方がこの一家を生き延びさせてきたのだという自負と家長としての責任がある。これは現代とも共通のあるある。
イープが出会った男性、ガイ。とても細っこい。体力はないが頭がいい。
イープの一家の全身全霊で食料を捕まえ、全身全霊で食べるという感じと違い、ガイは罠をしかけたりして省エネが出来る。ガイは火を熾せてコントロールできる。これが文明人という感じ。
イープ一家はガイに会って初めて火というものを知る。
これがイープ一家の文明開化。衝撃の革命的事件。イープ一家は未開人、ガイは文明人という描き分け。ガイにより、この辺りは住めなくなると知った一家。事実そうなり、洞穴を出て遠くに見える高い岩山辺りの新天地を目指すことに。
歴史の資料の原始人たち meet 火🔥🔥🔥
火を初めて見たイープ一家が、火を動物だと思ったり太陽のこどもだと思ったりするのが面白い。実際、初めて見たらそう思うだろう。初めてのものというのは、既成概念の何かに紐づけて「○○に似ている→だから良い。だから悪い」と理解判断するしかないのだから。
「何のためにこんなつまらないことを繰り返すの?」とイープ。
「生き延びるためだよ」と父。
まるで赤ずきんちゃんと狼のお婆さんのやり取りのようだが、ジェネレーションギャップの話ともとれる。
まず安全、がクリアされた社会で、その安全が次世代の退屈の核になるという構造。
子世代は、親世代を踏んでさんざん文句を言ったあとでないとその安全の貴重さに気づけないという不幸。
旧人として描かれるクルード家のお父さんグラグには、「隠れる」、「逃げる」はあるが、「アイデア」がない。
ここが面白かった。
新人として描かれるガイには、アイデアがある。
アイデアの基になるのは知識。
火も雨も海も知らない洞穴暮らしのグラグは、有り余る体力で「根性で頑張る」のだが、やはりそれには限界がある。
例えば、珊瑚のように尖った植物の草むら▼を、グラグは裸足で、我慢して根性で歩こうとする。家族も真似をするが、挫折。
そこでガイは靴、というアイデアを教えてくれる。
この時代に(shoes)という言葉はないのだが、自然。
実際はこの時代にはなかった言葉を使えないとなったら、言葉は一切使えない。それは映画として無理。よって、いかに自然に今の言葉を使うか、それが脚本の難しさというものなのだろう。
ガイは話をしても、明日というものに希望をつなぐというハッピーエンディング。
ここの、明日を語れるか否かは非常に興味深かった。
つまり形而下か形而上かということで。
形而下の物質現実しかイメージできないと、明日という概念は持てない。
明日という概念を持てないと、計画ということが出来ない。予想予測ということができない。
これをできなかった集団は、行き当たりばったりでも体力さえあればなんとかなった狩猟生活は乗り切れても、集団定住農耕生活は営めなかったはずだ。
よく、言葉を用いない動物には、過去や未来という概念が持てない、だから「思い出す」や「希望する」がないという話を聞くが、そのことを想起した。
どちらが優れているかの話ではない。
ただ、現在の人類の祖先は、言葉を手にして共有することによって概念というものをイメージングできるようになり、過去や未来というものについてシャアして話し合い、建設的な社会を築けるようになったということだ。
わたしは、分かれ道でこっちを選んでくれた遠い祖先を尊敬する者の一人だ。
未来や希望を語るガイに一家はときめく。
今までずっと大黒柱で頑張ってきたグラグは面白くない。
旧体制の中に新人が一人、というあるあるな状況。
その新人を受け入れて急激に時にじわじわ生まれ変わってゆくのが持続可能な社会の性質なのだろう。
頑固なグラグは、ガイとタールの沼に浸かる。
ガイは「多分もう駄目。僕の一家はこれに浸かって死んだんだ」と言う。
すると人情家のお父さんは急にしんとなり、ガイに同情する。
この二人の感情同期シーンが良かった。
そして共感した二人は、元気になる。
ガイが「緊急アイデア装置発動」と言うと相棒の手長猿がガイの頭をヒット。すると「アイデアが浮かんだ!」(笑)。
二人で草木で巨大な、いつも天敵キャラの巨大なトラの雌版人形を作り、操り人形として動かしお色気作戦。
するとそれにまんまと引っかかった巨大トラが、人形を奪おうとして引っ張る。
操り人形の持ち手にしがみついた二人は、その勢いでタールから抜けた(笑)。
一家は、天変地異で住めなくなった洞穴を出て、新天地として遠くに見える高い岩山を目指してきたのだが、
崖で行き止まり。見下ろすと雲海。
ここでグラグは全員を一人ずつ投げて(笑)雲海の向こうの岩のてっぺんに移動させる。雲海で視界ゼロなので、見当をつけてその辺りに投げるのだが、力持ちで動物的で根性のあるグラグなら、出来そう、と思えた。
あれ、グラグを投げられる人はいない。となるとここで今生の別れとか?となる。
無事に岩山の上に着いた一家は、音がしないのでグラグが死んだものと思う。
そして、追悼として、貝の笛を吹いて、泣く。
しかしこの間、グラグは、アイデアを考えていたのだった。
グラグは柔軟になった(「メロスは激怒した」、のような原始マインド文体(笑)。)
そして、「ガイならどうする?ガイならどうする!?」と自分の頭を叩く。あんなに嫌っていたガイの真似をしようという、頑固者の奇跡的進化。
グラグは自分には脳がないと思い込んでいる。この感じは「オズの魔法使い」のかかしのよう。
頭を叩き続けたグラグは、「違う!自分ならどうする?!」。このセリフに一番感動した。
人が画期的に変わる瞬間。新たなものにもっていかれず、思考の芯を自分自身に取り戻せた瞬間。
嫉妬や排除ベクトルの感情からは、新しいもの、クリエイティブなものが生まれない。
保守が革新に突然変異したかのような、開拓的セリフ。
岩山の上で一家が泣いていると、
雲海の中から「どいてくれー!」と声。
「お父さんの声に似てるね」とグラグの息子。
「お父さんよ!」と娘のイープ。
「あーーー!」とジャングルの中のターザンのような声がして、見ると雲海の中から、巨大な動物の胴体の骨の中に乗ってそれを鳥の集団によって運ばせているお父さんグラグの姿(笑)。
みんながよけると、グラグは着陸。
グラグは、ガイやガイの相棒や息子のペットや
タールの沼から助けてくれた巨大トラ
も家族の一員とし、みんなで新天地で新しい生活を始めたのだった。とそこでハッピーエンディング。
隠れるな、光に向かってゆけ。がメッセージ。