時間が経つにつれて、ようやく私の気持ちが落ち着いてきたように感じます。

 

進学先からの課題をやったり、用意した問題集等に取り組む息子を見ていると、6年後の大学受験への勉強はすでにスタートしていて、もう親は必要なときに必要なサポートをしてあげられればいいのかな、と思うようになりました。

「べったり一緒に頑張る」より「自分で頑張る」力を身に着けて欲しい。

中学受験の勉強をしていた時も、ある時から、問題を解いた後は自分で解説を読ませるようにしていました。解説を読んでも分からない時は、一緒に考えるという流れです。

この作業になってから、私の負担がすごく減り、息子も一人で勉強が進められるようになって、少しだけ「自走モード」に入りかけたのかな・・?と感じました。

この自走モードへの足掛かりが出来たことは、受験勉強をしてよかったことの1つです。このまま進んでいって欲しいと思っています。

 

公立中学に進学するという選択肢もある中、偏差値が40でも私立中学への進学を決めたことは、もちろん最終的には息子の気持ちを尊重して決定したわけですが、私がモヤモヤしていた気持ちの正体は、息子の大事な、貴重な小学生生活の半分以上を仕事優先にしてしまった私の、親としての引け目、懺悔のようなものから来ているのだと気がつきました。

そのことに気がついたら、本当に「ストン」と何かが落ちたような、気持ちが収まったような、点と点が繋がったような。

うまく説明できないのですが、気持ちが落ち着いた瞬間でした。

 

もっと早くから勉強面で気をつけてあげられていたら・・・

もっと早くから受験を決めていたら・・・

第一志望校に合格できたかもしれない。

もっと受験校の可能性を広げてあげられたかもしれない。

全部、私が仕事優先にしてしまったせいだ・・・。

 

息子には「大事な時期(特に小3、4年)に放ったらかしにしてしまってごめんね」の気持ちがいっぱいで、もう戻らない過ぎた時間のことを考えては悔やんでも悔やみきれない、どうしようもない気持ちになります。

 

この気持ちが、私が自覚していたよりもずっと大きく心の中を占めていたようです。

でも、これは私の後悔。息子に当てるものではないし、その後悔を払拭するために息子を使うのも違う。

私が自分でなんとかしていかなくてはいけない気持ち。大人なんだから。

息子には息子の人生を。自分で選択して、自分で輝かせて欲しい。

 

受験に向けた伴走は、振り返ればずっと一緒に勉強できて楽しかった。

一緒に頑張らせてくれて、ありがとう。

今は、そのことに感謝。