生きてて良かったね…。
何人の方に言われた事か…。私達への唯一の慰めの言葉である。きっと他に見当たらないのだと思う。では亡くなられた方々には何と声を掛ける?掛ける言葉も無いであろう。
息子は殺されてしまう!と、いじめ最中感じていた。そして、いじめ発覚後、死にたいと思いながら生きた。消えない事実を背負ってこの先、生きて行くしかない。いじめは終わった後も終わらず、ただひたすら苦しい。続いてしまう…
とても嫌な事を聞いた。加害者側は絶体絶命になると、病気だからいじめてしまったと言ってくる事があると…。2年間正常だったのに?突然の言い訳が病気?息子は正常だったのに加害者達にPTSDにされたが、まさかね…。と不安になる。通常であれば、市教委や学校や加害児童を指導し、改めさせる事で被害抑制に繋がるはずが、何故か被害者批判がある。川口のいじめ被害者様も酷い状況の中で、心無い人が誹謗中傷。何故そのような心無い事を平気で行えるのか…。全く理解出来ない。人の苦しみや痛みが分からない人に理解を求めるのは難しい事。では、もし我が子がいじめに合う可能性があったら?この不安に襲われてしまった場合、被害者側、加害者側、どちらが脅威になるか…。それは加害者側なのでは?あちらがら改める事が重要である。それが我が子を守る手段でもある。加害児童は以前より荒れておるのはこちらでキャッチしている。息子を痛ぶった上、悪化。反省どころから指導も公正もまるでなく、加害者側からの謝罪の動きすらない。堂々たる加害者。同小学校の父兄は我が子を守って頂きたい!
息子のいじめ問題や、世の中のいじめ被害者の流れを見ているが、どこも同じ。こんな辛いめに遭いたくなかったはず…。苦しむ為に我が子を育ててきた訳でもない。子供の幸せを望み、親は子に対し一生懸命になるはずだ。
ただ、いじめは無くならない。
学校は、いろいろな個性を持つ児童が沢山集まる集団。その個性同士はきっとぶつかり合い、喧嘩などになるであろう。強いか、弱いかではなく、個性である。ロボットではなく人間。いじめは必ずあると考えるのが妥当。そこで大人が子供に大切な事を教えなければならない。
加害父兄には、記事にもなっておった、おまえはオモチャ…、ズボンとパンツ…、馬乗りの件を一通り説明しても遊びの延長と怒鳴る…。悪口は本気とジョーダンの間があり、それを理解しろと平気で言い切る。これでは、子供の中にある善悪に区別がつかなくなってしまう。加害父兄には沢山責任がある。
そして、教師がしっかり学校で目を光らせなければ誰が問題を見つけられるのか?学校側は、大切な子供を監獄に送り出すような気持ちにさせてはいけない。子供が安心して安全に通えなければ何の意味もない。問題の芽は小さな内に見つけ、早急に摘み取る。それが早期発見であり、わだかまりなくお互いを尊重しあえ、問題解決に繋がると息子のおかげで学ぶ事が出来た。親と学校の地域密着した連携が必要。
ただ、息子の場合、加害担任が、いじめ加担や援護。親にはバレぬよういじめを隠し、息子を助けようとする人を息子から遠ざけた。そう加害担任に言われ、この状況で親はどう息子を救えというのか?無理である!
息子は、今も言っている。加害担任は加害児童達にいじめる環境をわざと作る…と。加害児童は笑顔で楽しく暴行していたと。一緒にいじめてきた!許せない!
子育ては大変であり、とても重大な大人の任務。そしていじめ最中の子は、いじめられていると話せない。重篤であればあるほど…。どうすればよかったのか?分からない。
私のblogは息子のいじめが無ければ存在しない。どうにもならない悲惨な日々。blogは唯一の居場所であった。書く事も辛くなる時期もあった。死にたくなるような日々が続いた。ただ、書く事により確実にいろいろ変わり、救われてきた。
被害者とも繋がれた。気持ちを理解頂けた。怒っても頂ける。アドバイスもあった。
このblogから繋がれた方にお会いする為、先週末、新潟に足を運び講演会に参加させて頂いた。直接お会いし私は御礼がしたかった。
お会いでき、念願が叶い本当に嬉しかった。
そして、大変な中にも関わらず、お墓参りも許可頂けた。とても強く、尊敬と信頼出来るお方である。ただ、いじめにより、大切な一人息子様を奪われた悲しみの中の事であった。
私達は、家族全員でお花を飾り、お水で洗い、お線香を立て、手を合わせた。息子達はしっかり理解しており、お墓に向かい語りかけていた。長男は一番長かった。いろいろ話し掛けていたそうだ。次男や三男の小さな手もしっかり合わさり、目を瞑る姿を見て、被害者家族が本当の意味で繋がれたように思えた。
息子は、亡くなられたお子様はもう生まれ変わってる?次はいじめに遭って欲しくないな…。と、私に話してきた。苦しみが痛い程分かるのだろう。痛めた胸を、また痛めていた。私も涙で怒りを抑えた。
被害者はこれが現実。
今、私達が感じるのは、社会全体がいじめのように感じてしまう。川口の被害者様も、我が家も、世の中からいじめに遭っておるかのようなのは否めない。皆、学校を経て社会に出る。学校がいじめを学ばせているのではないか?いじめは学校で学ばされたのではないか?
残念ながら、それが我が家が思ってしまう現状。
リブログは、悲痛な被害者の気持ちを代弁していると思い使わせて頂きました。本当はお父様のリブログを…と思いましたが、講演を聞き、訴えの内容を理解し、使わせて頂きました。
いじめで苦しんでいる子供達!生きて仕返しして下さい!大人を頼れば手段はいくらだってあります!生きて!我が子も、その他大勢の苦しまれておる方々、生きて!お願いします。
新潟の講演。涙で語られるお父様を思い、それを伝えたいです。お父様ありがとうございました。素晴らしかったです!