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「『律法と預言者とはヨハネの時までのものである。
それ以来、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆これに突入している。
しかし、律法の一画が落ちるよりは、天地の滅びる方が、もっとたやすい。』
(ルカ16:16~17)」

現在の自称預言者は偽預言者である事が、イエスのこの言葉からわかる。
預言者とは、神から直接託された言葉を告げる人の事である。
バプテスマのヨハネが現れる迄は、多くの預言者が遣わされていた。
しかしヨハネが登場して以来、預言者は必要なくなったのである。
ヨハネが、神の子イエスが登場される道を創った最後の預言者である。

現在の預言とは、未来に起こる事を言い当てたり、神から語られた事を
告げたりするような事ではなく、神の言葉を聖書からわかりやすく
説き明かす人の事を指しており、牧師もその役目が与えられている。
自己解釈預言をする事は禁じられており、神の御言葉を正しく説く
必要がある。

近未来に起こる事を日付設定したり、聖書から自分の好きなように
取り出し、自己解釈して預言する者は、神の預言者ではない。
ヨハネの時以来、預言者はいない、とイエスが語られているからである。

パウロがのちに推奨していた預言とは、未来を言い当てるものではなく、
御言葉を解き明かし、人の徳を高め励ます事を指している。
すなわち現在の預言とは、御言葉の解き明かしの事である。

律法もバプテスマのヨハネの時迄であった。
イエスがヨハネからバプテスマを受けられる事により、この律法と
預言とは成就したのである。
人となった神の子イエスが、神の律法と預言とを一身に引き受けられ、
十字架上で成就されたのである。
(イエスは十字架上で最後に、完了した、と宣言された。)
それ以来、律法を守る努力によって神の国へ入る事はなくなった。

イエスを信じる、イエスの言葉を信じる、ただそれだけで、
神の国へ入る資格が与えられ始めたのである。
恵みの時代といわれる現在、ヨハネの時から始まり、約二千年もの間、
多くの人々がイエスを信じ、神の国へみな突入している。

律法を守る事によって神の国へ入る事はできない。
しかし、だからといって、律法を軽く扱う事は禁じられている。
なぜなら、律法はこの天地宇宙万物より尊い存在だからである。
イエスは、律法を廃する為に来られたのではなく、律法を成就する為に
地上に来られたのであり、神は律法を重んじられる。
イエスを心から偽りなく信じる事により、律法は既に成就している。