10年ぐらい前からだろうか。世の中にダイバーシティという言葉が広がり始めた。
多様性と訳されていて、SDG'sにも加えられているよね。
多様性を尊重しようとか、誰ひとり取り残さないとか言われている。
でも、未だに腑に落ちていないことがある。
・なぜ、多様性を尊重しないといけないの?
・どうして、「LGBTQ+を認めない」的な発言は叩かれるの?
・・・なので、順に考えてみることにする。
○多様性って何?
性別/人種/国籍/身体/習慣/趣味/嗜好/・・・・
人は「人間であること」を除けば、みんな違うよね。
ある属性について、いろんなものがある状態が多様性のある状態でしょう。
○多様性を尊重するって?
ある属性について、「自分(たち)とは違うもの」も認めて、相手を排斥しない、
受け入れるというのが、多様性の尊重なのでしょう。
でもね、「XXが好きな人」と「XXが嫌いな人」の多様性を認めるとして、
相反するふたつの属性を、ひとつのものが同時に成立させることは難しい。
A:にんじんが好きな人向けのにんじん料理のレストラン
B:にんじんが嫌いな人向けのにんじんを使わないレストラン
もし、にんじんが嫌いな人が間違えてAのレストランにはいって、「にんじん
しかないじゃないか!」ってクレームを言うなら、料理を提供できない。
これは、にんじん嫌いな人を差別していることにはならないのかな?
あるいは、クレームを言う人が、にんじん好きを差別しているのでは?
○尊重しているモノは何か?
多様性の尊重とは、ある集団の中にいろんな人がいることを認めること。
でもさ、集団って「何か共通要素のある人の集まり」だと思うんだよね。
だから、共通要素の部分で異なる人は、この集団にはいられない。
すなわち、この部分においての多様性は認められないし、尊重されない。
これは大丈夫なの?
・・・
・・・
Eureka!!!
○結局、多様性の尊重とは(仮説)
集団(または社会)が、集団を構成する一つまたは複数の共通要件を除いた
特定の属性においては、いろんな状態を認めるということ。そして、その
中核以外の属性が異なることをもって、人を差別/排斥しないこと。
日本社会には日本国籍の人しか存在しない。・・・×
日本社会に外国籍の人が存在する。・・・○
なぜなら、日本社会の中核属性は「日本国籍である」ことではないから。
ビジネス組織は、「所属する目的」が中核属性である。
→ 「目的」以外の多様性を尊重する。
趣味集団は、「共通の趣味」が中核属性である。
嗜好集団は、「好きなもの」が中核属性である。
ゲイの集団は、「ゲイであること」が中核属性である。
これらの中核属性以外の属性は、多様性を認めましょう。
○だから・・・
性的嗜好で、一個人が「LGB」はわからない、と言うのは問題ない。
でも、公人(政治家等の社会を動かす役割の人)は×。
多数派の代表者ではあるものの、少数意見も尊重すべき立場だからね。
社会を動かす権力のある人こそ、多様性は尊重しなければならない。
ふ~ん。だから、差別的発言をすると、メディアが叩くのか・・・。
「神の国」発言は、彼の立場上許されないから、叩かれたんだね。
○残る疑問
「多様性の尊重」ということが、言われ始めたのはどうしてなんだろう。
昔はこういう言葉を使わなかったし、政治家は特定集団の利益代表者だから、
特定集団寄りの発言もできたと思うんだけど。
いつか、考えてみよう。