元参院議長で埼玉県知事を努めた土屋義彦氏が10月5日午前0時30分、多臓器不全のため埼玉県春日部市の自宅で死去した。82歳(1926年5月31日生)。東京都出身。自宅は春日部市8丁目325。葬儀告別式は近親者のみで行う。喪主は妻栞(しおり)さん。次女:土屋品子氏は自民党衆院議員。
6日、春日部市内で記者会見した品子さんによると、土屋さんは糖尿病や高血圧で4月ごろから入退院を繰り返していた。最近は体調がよく自宅に戻っており、4日は普段と変わらない様子だったが、5日午前0時ごろ、家族が異変に気づいてから数分で逝ったという。 品子さんは「まさか急に逝ってしまうとは思っていなかった。寂しいが、やるだけの介護はやったという気持ちです」と話した。
土屋義彦氏の経歴
中央大学(商学部)を卒業後、埼玉県議を経て1965年に参院議員に初当選し、5回連続当選。第2次大平内閣で環境庁長官を努めたほか、参院自民党幹事長等を歴任し、1988年9月から1991年10月まで参院議長を務めた。1992年の埼玉県知事選で、自民党本部などによる「土屋降ろし」をはねのけ当選(以降3期)、「三権の長」から異例の転身が話題となった。サッカー専用では国内最大の埼玉スタジアムを建設し、2002年サッカー・ワールドカップ(W杯)の開催地誘致等に尽力、さいたま新都心整備やダイオキシン対策などに取り組んだ。1996年から2003年まで全国知事会長。1999年に勲一等旭日桐花大綬章を受章。2003年7月、土屋氏の資金管理団体の献金隠し事件で長女が東京地検に逮捕され、引責辞職した。
土屋義彦語録
「参院が衆院のカーボンコピーであってはならない。参院の権威を高めるため一生懸命がんばりたい」(1988年9月30日、第17代参院議長に就任して)
「皆さんの物や金で代えられない支持のおかげ。明るいふるさと・埼玉づくりのために最後のご奉仕を致します」(1992年6月21日、知事選に初当選後の挨拶で)
「知事を辞めたときでも良いのではないかと思った。これからが私の政治家としての出発ですから」(1999年4月29日、勲一等旭日桐花大綬章を受章して)

