『人間の行いは、道に添った行い、神の道に従った時、正しい行いとなる。
これ以外の道は、結局は行き止まりの道か、幻影に過ぎず、正しい行いとはなり得ない。
正しい行いは個人の霊性を高め、神への回帰を促進する。
構成、哀れみ、愛、知恵、そしてわれわれが神的、霊的と呼んでいる特性をはぐくむ行為は、必然的に正しい行いである。
正しい行いから得られる果実は、望んでいた到達点である。
正しくない行いの果実は、過渡的で錯覚にすぎず、偽りのものである。
こうした果実は人々をだますが、それは私達が真に望んでいるもではない。
正しい行いの果実は、われわれのあらゆる目的、あらゆる願望、あらゆる必要、あらゆる希望を超越している』


『名声を例にとってみよう。
名声それ自体を目的として求める者は、しばらくの間は名声を得るかもしれない。
しかし、その名声は一時的なものに過ぎず、心を満たすものではないだろう。
しかし、正しい行い、すなわち道に添った行動の結果として、求めずして与えられら名声は、永続し、正しいものであろう。
しかし、道を行く者にとって、そのようなことは、どうでもよいものだ。
これが、利己的に追い求めた名声と、求めもせず、望みもせずに、正しい行いの副産物として与えられた名声の違いである。
第一のものは幻想であり、永遠のものではない。
第二のものは本物であり、永遠のものであり、魂に属するものである。
第一のものはカルマを作り、いつか返さなければならない。
第二のものはカルマを作らない。』



『目的は勝つことではなく、心を開く事だ』


『神はすべてを許しています。しかし、あなたは人々によって許されなければなりません・・・
そして、あなたは人々を許さなければなりません。
心理分析は心の傷を修復することではありません。
あなたは、理解し、変化させ、世界を改善し、関係を修復し、他人を許し、彼らの許しを受け入れなければなりません。
行いの中に徳を示す事は、最も大切な事です。
口で言うだけでは十分ではありません。
実際に応用せずに知的に理解するだけでは、十分とは言えません。
あなたの愛を実際に表現することが大切なのです。』



『許しということはとても大切です。
私達は、他人を責めますが、同じことを自分もまたやっているのです・・・
私たちは人を許さなければなりません。』