【この諺には、真実がある。

「人に対して正しく賢明な助言をすることはできる。しかし、自分が正しく賢明に振る舞うことはむずかしい。」】



【人間とは、わたしたちが宇宙と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間に限定された一部である。

わたしたちは、自分自身を、思考を、そして感情を、他と切り離されたものとして体験する。

意識についてのある種の錯覚である。


この錯覚は一種の牢獄で、個人的な欲望や最も近くにいる人々への愛情にわたしたちを縛りつけるのだ。


わたしたちの務めは、この牢獄から自らを解放することだ。

それには、共感の輪を、すねての生き物と自然全体の美しさに広げなければならない。

実質的に新しい思考の形を身につけなければ、人類は生き延びることができないだろう。】



【私に畏敬の念をいだかせるものはふたつ。

星がちりばめられた空と内なる倫理的宇宙。】



【人間性について絶望してはいけません。

なぜなら、わたしたちは人間なのですから。】



【真理や知識の領域において裁判官になろうとする者はみな、神々の笑いによって難破してしまうでしょう。】



【精神を大切にするというのなら、それとつながっている身体も大切にしなければなりません。】



【人間の真の価値は、おもに、自己からの解放の度合いによってきまる。】




【わたしたちはみな、他の人々の仕事によって、食べる物や家を与えられています。

ですから、それらに対してはきちんと報酬を支払わねばなりません。

自分の内面の満足のために選んだ仕事だけではなく、人々に奉仕する仕事をすることによっても。

さもなければ、どんなに欲求が質素であっても、寄生者と呼ばれるものになってしまうでしょう。】



常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことをいう。】



【恋に落ちる事は、およそ人間のなしうる最も愚かな行為だ、とは言えませんが、重力に責任を負わせることもできないでしょう。】



【ある偶然の出来事を維持しようとする不幸な試みを結婚という。】



【ああ、悲しいかな。エゴと競争心は、公共心と義務感より強い。】



【異性に心を奪われることは、大きな喜こびであり、必要不可欠なことです。

しかし、それが人生の中心事になってはいけません。

もし、そうなったら、人は、道を見失ってしまうことでしょう。】



【どうして、自分を責めるんですか?

他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか】



【わたしは、先の事なと考えた事がありません。すぐに来てしまうのですから。】



【海は、形容しがたい壮大な姿をしています。とりわけ、日が沈む瞬間は。

そんなとき、自分が自然に溶け込み、ひとつになるように感じます。

そしていつも以上に、個人という存在の無意味さを感じるのです。それは幸せな気分です。】



【無限な物はふたつあります。 宇宙と人間の愚かさ。 断言できませんが】



【不運は、幸運とは比較にならないほど、人間によく似合っている。】



【人はみな、神や人類を満足させるために、ときには、愚かさの生贄にならなければならない。】



【われわれは正直に行動するのを許されているのは、生まれる瞬間と死ぬ瞬間だけ。】



【人はみな同じ。】



【人間は、孤独な存在であるのと同時に、社会的な存在なのです。】



【別に深く考えなくても、日常生活の中で、わたしたちは、他の人々のために生きているということがわかるものです。】

【わたしは、一日100回は、自分に言い聞かせます。

わたしの精神的ならびに物質的生活は、他者の労働の上に成り立っているということを。】



【わたしは、あなたが女性であるということを気にしていません。

しかし、大切なのは、あなた自身が気にしないことです。

それには、理由などないのですから。 】



【あなたは、ほんとうにそう思っているんですか?

他人によって永遠の幸せが得られるなんて。

いくらその他人が最愛の男だったとしても。

わたしは、自分自身の経験から、男というものをよく知っています。

だって、わたしもそのひとりなんですから。

男に期待しすぎてはいけません。

このことは、わたしにはよくわかっています】



【人は、海のようなものである。

あるときは穏やかで友好的。

あるときはしけて、最悪に満ちている、

ここで知っておかなければならないのは、人間もほとんどが水で構成されているということです。】



【自分自身の、そして他の人々の人生に意味を見出せない人は、単に不幸であるばかりでなく、生きるのに向いていないと言えましょう。】

瞑想の価値は、日常では見えなくなっている本当の自己を私たちに実感させてくれることにあります。

本当の自己を味わう事で、純粋な至福ろ純粋な喜びが湧いてきます。

瞑想と活動を交互に行うことで純粋な自己、純粋な知覚、純粋な意識の場により深く入っていけるようになり、私たちの活動にもプラスの影響が出てきます。


本当の自己、純粋な意識に本来備わっている性質(無限性、無際限、豊饒、豊かさ、不変性)が、日常生活の活動のなかにも現れてくるからです。


無限の可能性の場にたどり着くための最善の方法は瞑想ですが、この場の持つ性質を知識として覚え、その性質に関心をもつことを有効な手段です。

なぜなら結局、自分が日ごろいだいている関心は、やがて現実となって現れてくるからです。