アルゼンチンから戻って、割とすぐに、海外のチームを探してくれていた中野さんからの待ちに待った吉報が届きます。「イタリアのチームのマネージャーが、テストを受けさせてくれるって、一度イタリアに来てみろって言ってるぞ」

「イタリアで一番強いチームらしいぞ」

ですって。

チームの名前はレッジアーナ。

中野さんから、どこの国に行きたいかと聞かれて、イタリアかドイツかアメリカと答えていました。

それも、なるべく強いチームが良いと言っていたんです。

せっかく行くのに、弱いところでやっても意味がない。

イタリアなら、第36話「西友カップ」でも書きましたが、代表チームのパンフレットをみると、ほとんどの選手が職業に『家事手伝い』と書いてありました。通訳に聞くと、プロという名目ではありませんでしたが、ほとんどがお金をもらってサッカーをやっているという話でした。

アルゼンチンのアマーリアもイタリアでプレーしていたしね。

それにしても、なんでマネージャー?

当時日本でマネージャーと言えば、野球部やサッカー部で雑用する人ってイメージだったので、雑用係になぜ決定権があるのかしら?

と不思議に思ったのです。

そしたらゼネラルマネージャーの事だったんですね。

もっと偉い人でした。

このゼネラルマネージャーが、このなでしこ昔話の鍵になる人物です。

カンの良い人はピンと来ているかもしれませんね。

 

 ちょうどその頃、夏真っ盛り。

イタリアはシーズンオフでチームも活動していないとの事。

シーズンオフがあるっていうのも驚きです。

なんたって、日本では1年中ずっとプレーしつづけていましたからねぇ。

 

 シーズン再開する9月に来てほしいとの事です。

行きは中野さんがヨーロッパに仕事を作って、一緒に行ってくれるという事になり、ありがたい事です。

とても心強く思いました。

 

 第1回のワールドカップ開催を12月に控えていた為、8月には岡山合宿、中国大連へ遠征と、代表チームの活動も活発に行われました。

9月には京都合宿が入っていましたから、それに間に合うように9月に入ってすぐに、イタリアへ向かったのです。

10日間の予定です。

 

 飛行機の中では、これからどのような事が待ち受けているのか、どんな人たちに出会うのか、不安ちょっぴり、期待大半の心境でした。

ミラノで、サッカーダイジェストという雑誌の記者をやっている植芝さんという方と合流しました。

40代だったのかな?

男性の方です。

この植芝さんがイタリアでチーム探しをしてくれたとの事でした。

私の知らないところで、私のために動いてくれた人がいるおかげで、私はここへ来ることが出来ている。

感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

 植芝さんの車でレッジオエミリアという町まで、約2時間。

チームの事務所へ車で連れて行ってくれました。

レッジオエミリアは落ち着いた雰囲気の田舎町でした。

 

 草原の中にひたすら真っすぐ続く1本道。

ポツポツと思い出したかのように家が建っています。

少しずつ、レストランやバール、お店が出て来だしたと思ったら、植芝さんの運転する車は右にウインカーを出し、ちょっと大きめの建物の前にある広い駐車スペースに車を止めました。

 

 ここがサッカーチームの事務所?

建物の壁は一面ガラス張り。ガラスの自動ドアを通って、中に入りました。

玄関を入ると広いフロアがあり、何かレンガのような物が展示してあります。

何かわからなかったけど、宇宙ロケット等の写真や女子サッカーチームの写真も飾ってあります。

ロケットに使われる耐熱部品を作っているザンベッリという会社が、チームのスポンサーであり、この会社の中にチームのオフィスがあるとの事でした。

 

 奥に進んでいき、廊下の左手にあるドアを開けました。

社長室の様な重厚な机が正面にあり、その奥の肘かけの付いた立派な椅子に座っていたのは…、

 

 なんとあの憧れのエリザベッタビニョット選手!

髪がショートになっていたけれど、見間違う訳がありません。

なんで?

ドッキリか?

どこかにテレビカメラが仕掛けてあるとか?

ほっぺたをつねってみたい衝動に駆られました。

まるで夢のようでした。

 

 植芝さんが

「マネージャーのビニョットさんです」

あ、マネージャーって!

「エリザベッタビニョット…私知っています。」

あまりの驚きで、唖然としてしまいました。

 

 

 あのビニョット選手が引退して、このチームのマネージャーになっていたのです。

あ、そうだ!

私はビニョット選手が載った『女ペレ』の新聞記事を切り抜き、お守りの様に大事にビニールに入れ、普段から肌身離さず持ち歩いている事を思い出しました。

記事だけでなく、ポートピア国際大会に来た時に観客席から撮った写真(第1話で使っている写真です)、中国西安でのツーショット写真、イタリア国際で優勝カップをかかげている写真、全部その時持っていました。

 

 ゴソゴソと鞄の中から取り出し、ビニョットさんに見せてあげました。

植芝さんも中野さんも、ビニョットさんも驚いていました。

記事を植芝さんが通訳していました。

 

 私が初めからビニョットさんがここにいる事を知っていて、それらを持ってきたと思ったのでしょう。

まさか偶然とは思っていない様です。

 

 嬉しそうにうなずきながら、

「グラーツェ」

と言って記事をしまおうとするじゃないですか!

私は慌てて、

「これは私の宝物だからあげる訳にはいきません。」

と返してもらったのでありました。

あぶなかったなぁ…。

 

 テストはチーム練習に混ざって一緒にプレーをすれば良いとの事でした。

「練習が休みの日はどうしようか?どこか行きたいところはある?」

と植芝さんが通訳してくれます。

 

んー、

とちょっと考えて、あっそうだ。

「ジャコミーナに会いたい」

と言いました。

「ジャコミーナ?そう言えばわかるの?」

と植芝さんも不思議そうです。

 

 ジャコは昔、海外遠征で会うたびに仲良くなって、文通もしていたんです。

イタリア代表チームのパンフレットを見せてもらった時、ジャコとビニョットさんは当時チームメイトだった事をチェックしていました。(第27話、第35話、第36話参照)

 

 ビニョットさんはジャコの名前が出て、いぶかしげに

「プンテル・ジャコミーナの事?」

なんでこの子がジャコを知っているのか?

半信半疑なのでしょう、首を何度もかしげながら、すぐにその場で電話をかけてくれました。

 

 電話が繋がり、ジャコと談笑しているビニョットさん。

電話を切ると、

「どういう訳か、あなた方は知り合いの様ですね。彼女も会いたいと言っているので、私が車で送っていくから、彼女の家に一泊するということでいいですね?」

とこれも植芝さんが通訳してくれました。

 

 やったー。

ジャコにも会えるなんて!

イタリアのチームに入ることになれば、いつかは会えるチャンスがあるかもしれない、くらいに思っていたのに、こんなにトントン拍子に会える事になるなんて。

 

 人生っておもしろい。

ドラマみたいだ。