大会が終わった日、夕食前に食堂でジャコに会いました。時計を指して一生懸命何か伝えようとしています。
「8を指しているから8時って事じゃない?」指で8を示すと、ジャコがうなずきます。
そして、また時計の8を指して、今度は天井の方を指さした後、6本指を立てるのです。
私は何のことかさっぱりわからず、どうにか理解しようと頭を捻っていました。
また誰かが「8時に6階に来いって言ってるんじゃない?」
あー、そうか、きっとそうだ。
ジャコもウンウンうなずいてる。
エレベーターのところへ私たちを引っ張って、各階の表示を指します。
6階はディスコ(ダンスホールの事、今で言うクラブ)って書いてある。
えーっ踊るの?
ジャコがウンウンうなずきながら、踊るマネをします。
「わかった?」
みたいに念を押されて、行く約束をしました。
夕食後、みんなでゾロゾロ6階に行ってみました。
ジャコだけでなく、大勢、イタリア、オーストラリアやアメリカの人たちも既に踊りまくっていました。
ミラーボールが下がっていて、カラフルな色のライトが回っています。
私はディスコなんて初めてです。
すっかり気圧されてしまいました。
踊っていた人たちが、
「日本チームがきたぞ~」
って感じにフューフュー言って注目の中、日本チームは皆固まって直立していました。
ジャコが近づいてきて、
「さぁ、一緒に踊ろう!」
って感じに誘いに着ましたが、
「ムリムリ~」
と言って尻込み。
でも颯爽と踊りの中に入っていった日本人もいましたよ。てるぼうとか(笑)
おー、すごいなぁ。かっこいいなぁ。
ちゃんと踊っているぞ。
と人が踊っているのを見て楽しんでいました。
そのうち、一人、2人と踊り始めていましたが、私は頑として動かずにいました。
ジャコが人の腕を無理やり引っ張って中央に引きずり出すのです。
「こうやるんだよ」
「やってみな」
っと、腰を振る、ステップを踏む、と手取り足取り。
個人レッスンです。
一生懸命マネして踊っているうちに恥ずかしさもなくなり、楽しくなってきました。
ディスコデビューです。
大勢で一緒に踊るって楽しい!
すごい一体感と高揚感。
解散した後もしばらく気持ちの良さに浸っていました。
翌朝は各チームそれぞれの国に帰ります。
ホテル前で4か国全員で集合写真を撮り、別れを惜しみながら帰国していきました。
家に帰って、写真を見るのが楽しみでしたが、今の様に簡単に印刷できるわけではありません。
カメラの中にあるフィルムを写真やさんに持って行って、数日すると、待ちわびた写真が出来上がりました。
ジャコやベア、ドリオ、数人のアメリカ人に一緒に写っている写真を送りました。
アメリカ人とは、すぐ終わってしまいましたが、ベアとジャコとドリオとは、結構長く文通が続いたんですよ。
ビニョット選手とは写真は一緒に撮ってもらったものの、恐れ多くて写真は送りませんでした。
きっとビニョットさんも間違いなく返事をまめに書いてくれてただろうなぁと、ちょっと残念。
イタリア語の文通は、辞書を買いに行きました。
(当時は本屋に行ってもなかなかイタリア語の伊和だけの物はあっても、和伊が載っている辞書を置いている所は少なくて、見つけるのに苦労しました)
私の父の仕事は海外に行くことが多く、私が生れる前には、母と生まれたばかりの兄と一緒にスペインに1年ほど住んでいたのです。
スペイン語とイタリア語は共通点が多く、父に助けてもらい、なんとか読んだり書いたり。
当時はメール等なく、手紙が届くのに1週間以上かかっていたので、きっちり2週間後から毎日の様にポストを覗き、返事が届くのを心待ちにしていたものでした。
そう言えば、帰ってきた返事には、ジャコもベアもドリオも自分一人で写った写真がまた入ってたんですよ~(笑)