グレースケール研究 -5ページ目

グレースケール研究

2極化のバランスと落とし所を考える。

今更受験という言葉が急浮上してきた。
いい事なのか?必要なのか?間に合うのか?分からないことも多いが、価値観をまとめてみる必要がある。

自分は「学歴なんて百害あって一利無し」と一蹴してここまで来た。
失礼ながら「自腹で管理される事に適した人間になる教育を受けるなんてアホじゃん」とガキの頃思っていた。
当然現在は自営業だし、実は今となっては安定は喉から手が出るほど欲しい。
しかも、本当に優秀な方達は管理するとかされるといった、低次元の話しの外にいる事も知ったし、そもそも自営業者にも知識は必要だった。

学校は知識を得る場所という意識がもっと早く感じていれば、社会教育とか集団教育とかが目立たなくなって居心地が良かったのかもしれない。

まとめると、終身雇用の崩壊と国際化によって自分が感じていたイメージと違う教育を受けられる気がするので無視出来ないと思っているという事だ。

理想は、自分のブレない価値観(たぶん、日本人としてのかな。)を持つ。
それをベースに素早い決断が出来、大勢の前でプレゼンが出来る。
専門分野を持ち、その世界では超一流になる。
自分を愛し、他者に寛容になれる。

一言で言うとダイバーシティとかいうのかな?

そんな人間になってもらえたら(自分を棚に上げすぎ)嬉しい。
その為に受験は必要か?・・・・・・・・・・・・・必要だと思う。
あとは経済的な問題と親の付き合いについていけるのかという問題だけ。
それは子供に聞いてもどうにもならない問題。
空間に余裕があるのは贅沢な事だ。
近年のマンションのLDKの広さは夢のようだが、相対的なもので慣れてしまうと何でもなくなってしまう。
また、空間には限りがある訳で、だから逆に物を小さく作る事で余裕の空間を作ろうとするから携帯電話、そしてスマートフォンなどの登場となる。
しかし、体の大きさは変えられないので、「ちょっと画面が小さいんだよなあ。」となって、iPadなんかが流行る訳だと思う。
これはベストサイズと思う側から、だんだん飽きてきて「もうちょっと広く。」とか、「ポケットに入らないと邪魔になる。」とか言い始める。
「もういらない。」とはなかなかならないのは、便利を必要と言いたい心理が働くからかなあ。
と自問自答する毎日。
原発事故等「想定外だった」と言って、対応しきれないと政府が認めてしまうような問題がおきると、国際信用不安が一気に広がり、外国人機関投資家の日本国債の売り注文が注目されるようになる。
日本国債の多くは国内で保有されているらしいが、今日の国際情報化社会でそのニュースは国内でも報道され、日本人を相当動揺させる。
日本国債を保有する根拠を明確に持っていない人達は、その衝撃に耐えられずに売り始めるであろう。
そうなると売りが売りを呼ぶ展開になり、暴落は食い止められない。
更に国債の担保である個人預金の元金にもあっと言う間に手をつけ始め、預金者が預金を引き出しに行ったときには紙幣が足りないので急遽印刷した新品の紙幣が大量に出回る。
つまり貨幣価値が下落、インフレである。
これは預金元金が消滅したと言う事で、預金神話の崩壊のシナリオの一つだと思う。
これは普通預金も安全ではないという事だ。
預金消滅を回避する為にすることは、

預金と同時に借り入れを起こす。
外貨も資産に組み入れる。
お金で買えない価値をよく考える。
想定外を想定して対応を準備する。

例えば、預金と借入の金利差は元本割れを起こさない為の経費と考る。
その意味で預金と投資に大きな違いは無く、良くも悪くも絶対なんてないと言う事だ。
固定資産も今売れば住む所がなくなるが、死ぬ直前に価値がゼロになっても特に問題ないかもしれない。

デフォルトリスクは家族と言う集団単位で行う事が必要だ。

どこでも生ききていける能力を持つ。
資産分散の研究をする。
日本人としての日本の必要性についての、研究とケアを行う。
国家に対して、主動権の必要性とリスクを知りバランスを取る。

自分の場合は、日本政府に100%依存しても相対的に不利だと思っている。

こう思う俺の頭がいかれているのか、何か間違っているのか。
考えること自体が悪なのか。