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30th Nov 2010 [KANCO]

$比田井ing-2010.11.30 1

俺の配属先は「KANCO」というNGO

正式名所は KENYA AIDS NGOs CONSORTIUM

最近まであまり知らなかったんだけど結構ケニアでは大きいNGOみたいで、

KANCOのスタッフにはケニア人だけではなくて、外国人が俺を含めイギリス人とかアメリカ人が

何人か所属して働いている。

基本自分の活動はフィールド(ムロロンゴ)に出て活動しているのでナイロビのオフィスには

あまり行かないがオフィスに行くと皆、暖かく迎えてくれる。

最初は、自分が全然英語が出来なくて何を喋っているか分からなかったと思うが、

皆、優しく聞いてくれてくれたのを思い出すと、ここに来た事を最近にも感じるが懐かしくも感じる。

ムロロンゴで行なっている活動について毎月頭にヘッドオフィスへレポートを作成して

持って行くのが習慣になっている。


今回は、ムロロンゴでミーティングが行なわれヘッドオフィスから偉い人達が沢山来たので

嬉しくなって皆で写真を撮らせてもらった。

自分もケニア人になったつもりで溶け込んではいるが、写真を見ると自分だけ肌の色が違うので

違和感を感じつつも、自分は外国人、日本人と言う事をしみじみと実感する。


外国人が外国に住むということは、旅行と違い想像以上に大変な事だ。

言葉、文化、習慣、人柄、治安、病気、上げればキリがないが母国と違うことが沢山あり

正直とまどう事が最初のうちは多々ある。

ましては先進国と途上国なんていえばなおさらとまどいは大きい。

僕はそんな時、優しいケニア人達の同僚や友達、近所の人達に本当に助けてもらえて嬉しかった。


人は何かに影響されて物事を始めたり、道を作っていく事が多い。

俺が小学生の頃、長男の兄がカナダへ行き、今ではアメリカで仕事をしている。

その時は、深く考えもしなかったが漠然と海外に対する憧れや興味が沸いていたような気がする。

父親は、英語はまったく喋る事が出来ないが外国人、老若男女問わず困っている人が居たら

ついつい声を掛けてしまう人柄だ。見ず知らずの外国人が実家に長期滞在していたこともあった。

その頃は、何も感じなかったが今となっては心配になるような行動でもある。

小さい頃から、そういった父親の行動を見ているせいか自分も困った人がいたら放っておけない

たちである。

そういった事を結び付けていくと、「海外でボランティア」ってピッタリ!


でも協力隊の全隊員に言える事だが、任地では必ずしも誰かに力を借りなきゃいけないときがある。

僕らはケニア人の皆に支えられて生きていることは忘れてはいけない。



青年海外協力隊のケニア隊の一人として「ケニア」という国を誇りに思っています。


間違いなく僕の第二の母国はケニアでしょう。







JUNYA HIDAI








29th Dec 2010

$比田井ing-2010.11.29 1


日本への帰国が近づくにつれてどんどん複雑に気持ちになってくる。

「日本へは帰りたいが帰りたくない」と言った何とも微妙な感じなのだ・・・


今年のケニアの小学校、中学校は既に休みに入り自分の活動も落ち着いてしまった。

活動が順調に動き出したと思いきや停滞したり、そんな繰り返しの活動だが

それがケニアという国を物語っているともいえるのだろうな。

ムロロンゴのゴミ関連の仕事も市の役員達と一緒に取り掛かっているのだが

こちらもポレポレ(ゆっくり)な感じで自分としても何とも歯痒い現状が続いている。

皆、協力的な感じなので感謝はしているのだが、どうなることやら~


今年は、本当にあっという間だった。

あと一ヶ月で2010年も幕を閉じるなんて、驚き仰天でございます。


まだまだ振り返るには早い気がするが、今年は沢山の友達が増えた。

色々な出会いが多かったし刺激も貰えるのも友達だったりする。

ケニア人に困らされて、ケニア人に怒らされて、ケニア人に相談しケニア人に助けてもらう。

こんな事、言ったらみんなに怒られるかもしれないが

協力隊に来て一番の財産は、世界各国の友達が出来た事だと思う。

ケニア、アメリカ、カナダ、イギリス、メキシコ、エチオピア、オランダ、etc...

日本に帰ったら両親と祖母を旅行へも連れて行き、その後友達に会いに少し各国を回ってみようかな。


来月で自分も27歳を迎える。

周りの友達は日本で立派に働き、結婚して奥さんが居る人や子供が居る人も増えてきた。

自分はこれからどんな風になって行くのか不安が大、期待少々てな具合。



「ケニアの為に、ケニア人の為に、そしてお世話になっている人達の為に」

ケニアでの活動が一番今は大切だが、今後の事も少しずつ考えていかなきゃいけないんだろうな。

これからも発展途上国の為に働ければ一番良いのだけども・・・








JUNYA HIDAI


[Clean up and Peer Education] 14th Sep 2010

比田井ing-2010.09.14

任地のムロロンゴに赴任したのが1年半前になる。

赴任した瞬間にムロロンゴでのゴミの多さ、腐敗臭、治安の悪さに圧倒されたのが記憶に新しい。

今となれば友達も一番多いタウンだし、居心地が一番いいのもここムロロンゴに間違いが無い。

HIV/AIDS対策の隊員としてケニアに来てHIV/AIDSの啓発活動を主として仕事をしてきたが、

ここに来てやっとムロロンゴのClean up活動を始める事が出来そうだ!

ムロロンゴに住んでいるというとケニア人の多くの友達に

「何であんなスラムみたいな町に住んでいるんだ?」

「冗談だろ?今すぐ引っ越せ!日本人ならもっと良いとこに住め!」

「あそこは地獄だ!」

って数々の批判話を俺に掛けてくるが、そのムロロンゴを何とか変えたいと思っている。

お世話になっているムロロンゴのおばちゃん達や多くの友達の為に!

語学のケニア人の先生に「HELL」って言われた時には、正直笑ってしまった。

まさか現地のケニア人に言われるなんて思わなかったからな。

Clean up activity に関して先週、ミーティングを開きかなり具体化してきた。

ボスに「お前、今回オーガナイザー兼リーダーとして動け!」として命令された。

「任期も半年しか無いので他の奴の方が良い」って返答したが

「駄目!お前!!」とのこと。

まぁ、この活動に関してずっと1人で裏で動き回っていたからそれが原因なのかもしれない。


今月からは、学校の休みも明けて学校でのPeer Educationも引き続き行なっていく。

彼等生徒達のHIV/AIDSを含めた性感染についての知識もかなり上がってきていて正確な答えが

返ってくる事が多くなった。

俺の活動も無駄にはなってないなって事が実感できると正直嬉しくも感じるのが最近快感だ!


残りの活動期間も約半年になってしまって最後まで間に合うかどうか正直焦りはあるが、

ここケニアで焦ってもしょうがないので着実に一つずつ同僚たちとクリアして行こうと思う。

どうあがいても残りの任期は変わらないのだから、enjoyしながら行きたい。



そして、自分が行ける限界まで行ってやる






JUNYA HIDAI