【400文字作文】彼のつまさき 彼女のかかと

五十人も入れば身動きができなくなりそう
な小さい箱だが、その日の客は二十人程度で
ライブは全く盛り上がっていなかった。
客を煽ろうと、声を張り上げていたヴォー
カルが、ぽたぽたと垂らす汗だけが印象に残っ
ている。
彼らにとっても客にとっても残酷だったラ
イブは終わり、フロアでは何も見ていなかっ
たかのように、客や演奏を終えたバンドマン
が笑いながら酒を飲んでいる。
その雰囲気に苛立ちながらステージの方を
見ると、安物の画用紙みたいな緞帳とステー
ジのすき間から、黒いパンプスと茶色いスニ
ーカーが見えた。
だろ・うん・てるよ、と低い声がして、だっ
て・でしょう・くて・もぉ、と甘えるような
女の声が聞こえてきた。
茶色いスニーカーが黒いパンプスに近づく
と、黒いパンプスのかかとが少し、浮いた。
二人の靴も、キスをしているようだった。