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junjun's Blog

日々感じた事を綴ります。

spitz主催の『ロックのほそ道』参戦してきました。


場所は仙台サンプラザホール。
まん丸い会場でどの席でもステージが見えやすくなってるみたいです。
音響がすごく良かったです。ホールの形も関係するんでしょうか。
LIVEは
KREVA / Spitz / 秦 基博 / UNISON SQUARE GARDEN と
それぞれカラーの違ったステージで最高に楽しかったです。

LIVE後spitz友達6人でオフ会しました。



居酒屋さんでがちゃがちゃおしゃべりして夜は更けました。
サーモンのお寿司ビジュアルかわいくておいしさもかわいかったです。


1泊してお友達と3人で松島観光へ行きました。
仙台駅から仙石線を使いました。
そしたらこんな素敵なメイキングが。





残念ながらこの電車には乗れなかったんですけど。
そして松島海岸駅に到着です。



この駅の看板情緒があってほっこりします。
この上を電車が走ってるんですが下車すると浜風がここちよく吹いて
とても気持ち良かったです。



電車でもう一つ気になったこのボタン。
雪国ならではなんでしょうか?
寒気が車内へ長く入ってこない工夫なのかな、わかりません。
ま。いいや。


目的の松島巡りです。





マリンスター号で出発です。



入江ではカモメが御出迎えしてくれます。沢山いました。
船から人が餌を与えるからだそうです。
船の進行と並んで飛んでくりくりのお目目がおちゃめで
遊覧とのコラボがいい感じの演出になってました。



色々島がありましたが右奥の小町島と伊勢島。
そして



仁王島。
この仁王島震災で首の部分に亀裂が入ってしまったそうで
繋ぎとめるための修復がなされてるそうです。
他の島でも崩れ落ちてしまって変形したりなくなってしまったり。。。
悲しすぎます。



こちらコケティッシュなてんてん浮きon鳥。



じっと耐える牡蠣の養殖。



地味にはやぶさ号。

そしてご飯。
大らかな景色の中で食べるご飯は格別です。 



食事を終えてから瑞厳寺をぶらぶら。



マイナスイオンで浄化です。



苔むす木々。
渋い。



見えにくいんですけど電話boxの屋根に擬宝玉です。

暑くてふーふーしちゃったので洗心庵さんで休憩です。








抹茶アイスと小倉のあんみつ。
人口ですがちっちゃい小川が作ってあってせせらぎのBGMが風流でした。



お土産屋さんで見つけたチャリティー手ぬぐいです。
輪になったハートに明るい未来が訪れます様に。。。

1泊2日の短い旅でしたがとても充実してリフレッシュできました。
旅はこれからも極力行きたいと思っています。
日々の暮らしを楽しみつつ遠くの景色に想いを馳せながら
平凡な日常へ戻りたいと思います。


2004年の小説です。
side-Aとside-Bで発行されています。

side-Aは主人公を取り巻く環境とそこで出会う人々を分かりやすく導いてどこにでもある日常が描かれていました。
恋愛小説なので心の描写や記憶などの表現が主です。
わたしが読んでいて軽快さを感じていたのは主人公のクールさ。理にかなう思考。
ストーリーは淡々と少しの歪みが加わっても当たり障りなく事柄が進んでゆきます。

side-Bはいきなりのストーリー展開に急におもしろさを感じました。
1日で読んじゃいましたから。
主人公は過去に恋人を事故で亡くしていました。
結論から言っちゃうと自分では気づかなかった潜在意識にその事が大きく係わって今までの人生が構築されていて心をなくしてしまっていたことで己の存在までもが不確かになりという筋書きが物語に深みを感じさせてくれています。
ビジネスを通しての人との絡みや双子の姉妹の一人との恋愛。
そして双子のもう一人のご主人との出来事などがベースになって展開されています。
お話の構成が『感覚』を表現しているので冷めて一歩引いたもの言いで惑わされない景色が読んでいて心地よさを感じます。

ラストに疲れた主人公を導くように亡くなった恋人のお墓参りをするシーンは泣けちゃいました。
作者は『衝動』って表現しています。
「なあ、今の君に今の僕はどんな風に見える?」
この言葉を言った途端激しく込み上げてくる衝動。
彼女がこの世にいない現実を初めて自分自身に受け入れることができた瞬間。
『自分自身を哀れむことの愚かさを僕は初めて自分に許していた。』

日常ではあまり意識することのない潜在意識。
心の奥深く、深海みたいな静寂で誰も触れる事の出来ないそんなばしょ。
もしそのばしょを気づいた誰かがいたとしたらきっとそれが愛なんじゃないかとそんな想いにさせてくれた作品でした。
2007年の小説です。
とてもおもしろかったです。
ただひとつだけ残念だったのは、エピローグのストーリー展開が早すぎて物憂げな感覚に光が無理やりに入ってきてしまったかのようで。
『物語り』だったんだよ。ってつくりものの現実を見たくなかったのに否応なしに突き付けられた感が。
やっぱりね。。。自己独特の冷めた喪失感に見舞われて。

ストーリーの舞台は沖縄と東京。
あ、その前に私がこの本に決めたのは見開きの色。
大好きだったハワイアンブルーだったから。
それから屈託のない飾らない、大好きな人にずっと見みててって言わんばかりの女の子の笑顔の表紙。
飾らない笑顔って作ってできるものじゃないんだよね。

そう言えば今まで私、大事な自分のこれからの人生を選択する時も本を選ぶくらいに簡単なノリで決めてきたって今思った。
性分って変わらないだろうからこれから先もきっとこんな軽いノリで進んでっちゃう。。。いいのかな。ま。いいや。

TSUNAMIは主人公を振り回しつつたくましく成長していく15歳の感受性の強すぎる女の子。
ほんとは『なみ』だけど。
壊れちゃうの。。。複雑な家庭環境から逃げるごとに。
そんな女の子の物語のはじまりの1行目はこう。
『つなみに出会うより先に、僕はつなみのビーチサンダルに出会っていた。』
何?
って思った瞬間読んでる間主人公に恋をしそうだった。
多分そこから先の舞台が瑠璃色の海だったから。
って書くと海での物語って筋書きになるんだけどはっきり言ってそうそう美しい情景ばかりではなく。
そんな美しくない情景を読み進めていくと何故だろって思うけどなみの痛いくらいの気持ちがわかって。。
それにしても君
壊れた心をどうしてそんなに理解できるの?
感受性って持って生まれた感覚で自分以外に理解してくれる人っていない気がしてた。
壊れたなみの行動は自分が愛するものへの思いが深すぎてどうしようもない。。
どうしようもないから壊れる。
そのどうしようもなさを素直に表現する事をなみにだれも教えなかった。
でもそれ以前になみ自身だれにも心を開かなかった。
愛情をかけた事への確信があれば壊れずにいたのに不確かなものへしかなみは心を開こうとしなかった。
不確かな愛情は歪む事しか学ばない。
歪んだ形はいつかゆっくりと亀裂を生み破壊する。
そんななみは閉ざす事で自分を守り。。。
その繰り返しにバランスが少しづつずれ始める。

主人公となみが必然的に出会ってそこから繰り広げられる物語は沖縄の言葉では表現しきれない美しい自然と奇奇怪怪なでもないかな、んー『神』がかり的な沖縄に居るとわかるけど異次元がそこにあるかのような錯覚の中で主人公が自分自身の現実となみへの思いを交差して綺麗なループで展開してゆく現実と神が宿るの魂のストーリー。
その中でなみがたくましく成長出来てゆくのは確信できる愛情が不器用だけど真っ直ぐに向き合ってくれる主人公がいたから。

沖縄ね。
ガジュマルだったりムクゲだったりキョウチクトウだったりの木々や、ハナモクレン、ブーゲンビリアだったりのお花達、ジュゴンやイルカ、クジラ、ホオジロザメ、ブタ、ヤンバルクイナだったりの動物っていっぱいの植物や生き物が物語を色づけてそれが水で繋がって、ゆりかごで母のやさしさに触れてるような野生の本能が目覚める感覚が押し寄せてくるんですよね。

私の中で印象的な小節は『セメントの原料は石灰石で、石灰石の元は珊瑚礁だから、セメントで作った街が珊瑚礁に見える』っていう文章。
多分普通に読んだ人はひっかからずに読み過ごしてるような印象の薄い東京での朝の散歩の風景の一説。
なみが進学のために出てきた東京の景色を高台から眺めて言った『白い珊瑚礁みたい。』って言葉に主人公が答えたフレーズ。
ほら主人公の言葉でコンクリートジャングルの痛々しさが沖縄の神秘的な瑠璃に澄み渡る風景に変わる。まさにメルヘン。
まぁメルヘンって言うと幼稚な景色になるけどちょっとの変化球な角度で歌のフレーズにすると落ちてしまいそうなくらいさもしいビル街が誰しもが憧れる風景に変わるみたいな感じ。

そして現実にひき戻して現在そのさもしい東京に住む私。
メルヘンチックに自分の事書かせてもらうと誕生石がアクアマリンと珊瑚礁でどちらも海繋がりで、そのせいかそれとも持って生まれた感受性のせいか『海』を連想させる物事に興味を持つ習性がそういえばあって。
例えばシェルのアクセサリーを身につけると落ち着いたり無性に海が見たくなったり波音で安らいだり。  
それでも相反するコンクリートジャングルのそばを離れたくない事のうらはらにはそんな種明かしが待ってたんだって。。無理やりこじつけたい心境をここに残したいとキーボードをぺこぺこしてる私。

物語りの結末はハッピーエンド。
アメリカの映画みたいにコケティッシュなポップコーンがはじけるようなスイートさの微塵もない重くて切ないこの本のあらすじ。
現実的と言えばそうなんだけど。
重苦しいのにおもしろかったのは儚さを愛しみたかったのかもしれない今の私自身。
そしてどういうわけかこの夏の気だるさとはうらはらに図書館でインスピレーション感じて借りてくる小説はどれも始まりのストーリー。
神様に背中を押されてるみたいな。。。