「あービックリした…」
エントランスに続く階段を降りていたミナムはエントランスにいる人物を見ると踵を返して階段を逆走して昇り切ったところにある柱の影に座り込んだ。
「何であの人がここに居るんだ?」
ミナムは呟くと柱の影に隠れながらエントランスホールを見下ろした。
ホールでは社長とA.N.JELLの三人、そしてあの人が話している。
ミナムはジュンウォンを知っていた。ミナムの脳裏には高校生の時のジュンウォンの姿が浮かんだ。
ミナムがエントランスロビーの様子を伺っているとジーンズのポケットに入れていたスマートフォンが着信を知らせる為に震えた。
エントランスを見ながらミナムは電話に出た。
「どうだ?上手いことA.N.JELLに潜り込めたか?」
「ジョンソクヒョン…上手くいったよ。メンバーになれるみたいだ。」
ミナムの電話の相手はジョンソクだった。
「でもまずいんだ。エントランスにあの人がいるんだ。」
「あの人って…誰だ?」
「キングダムの社長だよ。」
「ジュンウォンが?何でだ?」
ミナムはエントランスの話し声に耳をすませた。
「よくわからないけどテギョンさんを迎えに来たみたいだ。」
ロビーから聞こえてきたジュンウォンの言葉をジョンソクに伝えた。
「二人で何処へ行くつもりか、テギョンにくっついて逐一知らせろ。」
ジョンソクはついて行けとミナムに言う。
「だって俺の顔を見てミニョの事を思い出したらまずいじゃないか。」
今は修道院に居て離れて暮らす妹の姿をミナムは思い浮かべた。
「大丈夫だ。ジュンウォンは誘拐当時の記憶がない。お前を見ても何とも思わないはずだ。」
ミナムの心配をジョンソクは一蹴した。
「誘拐の時の記憶は無くても、施設を訪問していた時の記憶はあるかもしれないじゃないか。」
ミナムはジョンソクの言葉に反論する。
「まあ、そうだが…大丈夫だ。そもそもあの時に誘拐される直前に一緒に居たのはミニョだとジュンウォンは思っている。
いくら双子とはいえ大人になり、しかも男のお前とミニョを結びつけては考えないさ。」
ジョンソクはとにかくテギョンと行動を共にしろと告げて電話を切った。
ミナムは切れたスマートフォンの画面を見つめ溜め息を吐いた。
生まれて直ぐに母が死に、引き取ってくれた父も後を追うように死んでしまった。残されたミナムと双子の妹のミニョは小学生になったばかりだった。
近い親戚がいた為、ミナムとミニョは施設に入ることも出来ず、父の姉であるミジャの元に預けられることになった。
ソウルの端のうらぶれたアパートの二階がミジャの部屋だった。
児童相談所の職員と共に錆びついた手摺を伝ってミニョと手を繋いで部屋へと続く階段を昇った。
職員が呼び出しベルを押した。扉を開け顔を出したミジャは、職員の後ろに立つミナムとミニョを見て明らかに迷惑だとでもいうように眉をひそめた。歓迎されてないことは子供ながらにわかった。
無邪気なミニョと違い、ミナムはミニョを父の代わりに守らなければいけないと思っていた。
父が死んでから数々の苦労は知らず知らずのうちにのうちにミナムを大人にしていた。
それは初雪が降った日だった。
ミジャは女友達三人と部屋で飲んでいた。
盛り上がった雰囲気が台無しだと俺とミニョは外に出された。
寒空の中、外に出されても何処にも行くところなんてなかった。
部屋の前の廊下の鉄柵の前で二人で肩を寄せ合いながら座り込んでいた。
「おにいちゃん寒いよ…」
ミニョは泣きながらミナムに身を寄せた。
「……」
ミナムは黙ってミニョの手を握った。凍えた手は温もりを分け合うどころか互いを更に凍えさせるようだ。それでも寒さに感覚のない手でミニョの手を包み込んだ。
ミナムは繋いだ手を見た。あまりに小さい手はミニョを、自分自身すら守れない。
悔しくて歯痒さにきつく唇を噛んだ。
「お前ら何でそんなとこにいるんだ?」
頭の上から男の声が降ってきた。
ミナムが顔を上げると隣に住んでいるチンピラ風の男だった。
「伯母さんが部屋の中で宴会をやってて…邪魔だからってお外に出されたの。」
声をかけて来た男にミニョは屈託なく聞かれるままに答えた。俺は無言のままその男を見上げていた。
「ふ〜ん…」
ミニョの答えに興味を失ったのか、男は二人の前を通り過ぎ、隣りの部屋の鍵穴に鍵を差し込んだ。鼻歌混じりに扉を開けた男はミナムとミニョのことを気にするでもなくさっさと部屋に入った。
暫くするとジョンソクの部屋の扉が再び開いた。
ジョンソクは先程とは打って変わって愛想笑いを顔に貼り付けてミナムたちに手招きした。
「寒いだろ?宴会が終わるまでうちに居るか?」
さっきまで興味を持つでもなく通り過ぎた男が優しく声を掛けて来た。
「うん!」
この寒さから開放されると思ったのかミニョは無邪気に返事をした。
「ミニョ!知らない人の部屋に入るなんて危ないだろ?」
行こうとするミニョの腕を掴んだ。
「だってお兄ちゃん、あの人はお隣さんだよ?知らない人じゃないよ?」
ミニョが不思議そうに小首を傾げた。
その時、ひとひらの雪がミナムの目の前に舞い降りた。アパートの廊下に落ちた雪は淡く消えた。
雪だ……
どおりで寒いはずだ。
このままここに居たら凍え死ぬかもしれない。
結局ミナムはミニョの腕を外すとズボンについた埃を叩きながら立ち上がった。
「うちに来い。孤児が入れる施設に連絡してやる。アパートの廊下より、施設の部屋の方がいいだろう?」
ジョンソクの言葉はまさにミナムが考えていたことだった。
ミジャの家にいてもいずれ捨てられると思っていた。チンピラのようなジョンソクでも一応大人で、ミナムが逆立ちしても出来ないことをやることが出来る。
ジョンソクに思惑があるなんて思いもせずにミナムはミニョの手を引きジョンソクの部屋に入った。