「えっ?」


館長の部屋に呼び出された俺は、館長から公爵の館で一ヶ月暮らせと言われ耳を疑った。


「公爵がお前を一ヶ月程、借り受けたいと言って来たんだ。」


「何でまた?
俺たちはこの館の中で仕事をするのが決まりだろ?」


客の中にはサディスティックな嗜好の持ち主もいる。 
この館内なら用心棒が娼婦たちを守れるが、外に、それも客のテリトリーに連れ込まれるとどんな無体な行為を要求されるかわからない。
事実、一晩客に連れ出された仲間がカラダ中傷だらけにされて返されたこともあった。結局、傷だらけにした客は用心棒たちに倍の傷を作られたが…


「大事な商品は守らないとな」


館長の口癖だった。
俺がこの館で仕事を始める時、客の喜ばせ方を仕込む為に館長がしたことは今でも思い出したくもないけれども、俺たちを物扱いしながらも大切にしてくれる。今では館長のそんな気質を俺は少しばかり気に入っていた。
だから、一ヶ月も俺を公爵に貸し出す館長の意図がわからなかった。


「公爵はお前に惚れ込んでる。食事や乗馬、夜のベッドまで、四六時中お前と一緒に居たいんだと。公爵ならお前も酷いことはされんだろ。」


確かにそうだと思う。
公爵は日を追うごとに俺への執着心を露骨に表すようになっていた。
ただ、公爵の館に行ってしまえば、ただでさえ自由がないのに、もっと不自由な生活になりそうだった。


「行きたくないって言ったら?」
 

俺は聞いてみた。
館長は帳簿から顔を上げずに言った。


「公爵は倍の金を出すと言ったんだ。本当はお前を身請けしたいと言ったんだがな。
お前はジミンと離れられないだろう?
交渉の結果、一日を倍の値段で一ヶ月ということになった。
お前は拒否出来ないぞ。公爵は今朝、全額支払いを済ませたからな。」

溜め息が出た。
聞いてみたところで無駄なことはわかっていた。所詮、商品でしかない身の上に溜め息が出る。商品として価値が無くなるまでは、俺は金を生み出す道具にすぎない。

「公爵の館に行くのは一週間後だ。
ここのところ公爵がお前を独り占めしているから、他の客が煩いんだ。
公爵に一週間、時間をもらったから公爵の館へ行くまでは他の客の相手をするんだ。
サービスするんだぞ。公爵だけが俺を儲けさせてくれる客ってわけじゃないんだからな。」


館長は嘯いた。そんな館長に頷き、俺は部屋を出ようとした。ふと、姉さんと会いたがっていた彼の顔が浮かんだ。

振り向きざまに俺は館長に言った。


「ねえ、暫く姉さんと会えなくなるならさ、一日だけ姉さんと二人で出掛けていい?」


館長が帳簿から顔を上げた。


「客が来るまでには必ず戻るからさ。いいだろ?」


俺は許可が欲しくて言葉を足した。暫く思案した館長は許しを口にした。


「一日だけだぞ。」


「ありがと。館長…」


俺は礼を言って後ろ手で扉を閉めた。

姉さんと…彼と…

二人に会えなくなると思うと心に焦りが生じた。

俺に許されたほんの少しの自由……
気儘に市場に行って姉さんの木苺も買うこともできなくなる…
彼に偶然会うこともなくなる……

幸せが何なのかもわからない生活の中でのささやかな楽しみ…
それを手放すことがこんなにも苦しい。

暫く会えなくなる前にほんの一時でも一緒に時間を過ごしたかった。
彼に会えるだろうか…
姉さんと過ごす休日に彼との約束を取り付けようと、俺は逸る気持ちに背中を押されるように館を出ると市場へ向かって駆け出した。