私、村瀬純平は、しばらくの間、俳優業を休業することになりました。
なにぶん突然で、それは申し訳ありません。

僕の中で長く、僕と俳優は一本の糸でつながっていました。
僕の人生と表現の手段としての演技が、ということです。
一個の人間として、どう生きるか、どういう人間でありたいのか、確固としてありました。
その高みに上る為の確実な階段、一番の近道が僕にとって「俳優」でした。
一生幸せになれないと思っていました。でも役に入る事でたとえ一瞬でも幸せになれるのです。
一生人を、愛す事はないだろうと思っていました。しかし役になりきる事で誰かを愛せるのです。
我を忘れる事なんて僕にはないと思っていました、しかし本当に夢中にならないと演じる事はできません。

いつ頃からだったのか、不可分だったはずのふたつに隙間が生まれました。
貧しい自己規定から逃れ得たと言えるのでしょうか、幸せになれるかも、人を愛せるかも、そうなれるよう努力しようと思うようになりました。
何が近道で、何が回り道なのかよくわからなくなりました。
俳優以外の事にたくさん興味が湧きました。
普通の仕事もしてみたいと思い始めました。
海外にも行ってみたいとそわそわしました。
色々な方に言われました。
「変わった」「卑怯だ」「目に力がなくなった」「普通になった」「芝居の話をしなくなったね」

俳優の生活は不自由な事が多いです。
いつオーディションが入るのか分からないのでちゃんとした仕事はできません、
経済的にも恵まれているとは言えませんし、長い旅行なども無理です。
俳優の為の我慢我慢、が増えて積もって、溶けて流れてゆきました。
もっと楽に、メやりたい事をやるモという気持ちと、メ俳優モが秤で釣り合うように、そしていつのまにか、それは一方に傾いていきました。

舞台が終わってから俳優の師匠、事務所の方と話合いを重ねました。
そして2004年7月23日、冒頭の結論に至りました。

直接ご挨拶に伺えなかった俳優、スタッフの方々、
応援して下さった方々、気にかけて下さった方々、
テレビを見て下さった視聴者の方、ホームページをのぞいて下さった方々、
どうもありがとうございました。

長い長い言い訳のような気もします。
「お前本当には、俳優を好きじゃなかったんだよ」
「好きでも、それはその程度の好きだったんだよ」
その一言で尽きてしまう、そうなのかもしれません。
ただ、僕の中ではまだ結論が出ていません。
もう少し考えさせて欲しいというのが正直な気持ちです。

俳優をしながら、長い長い手紙を書いていたような気がします。
ある時は家族に向けてであったり、友人、同級生、故人、
またある時は好きな人への、長い長い手紙。
俳優でなくなっても、そんな手紙達を書き続けるだろうと思います。
それはこのホームページであったり、なにかの脚本であったり。
それらの手紙達がいつか、思う誰かに届く事を祈って。