車中にて。
何をするでもない。ただ座っているだけ。
景色は単調、イザーム、アブドゥルも片方は寝ていて、片方はずっと運転。
寝られればいいが、寝付きが悪い。高山病対策にも寝ない方がいい。(呼吸が浅くなるため)
こんな長い長い、何もない時間はいつも僕に色々な事を思い出させ、色々な所に連れて行く。そして不意な再会を果たす。

小学生の頃、南野陽子が好きだった。
どうして好きになったのか分からない。たぶん顔だろう、そして声か。
歌がうまいとか芝居がうまいとかは、あまり問題でなかったろう。
当時はまだレコードとテープが主流で、レコードをレンタルショップで借りて来てテープにダビングし、ウォークマンで繰り返し聞いていた。歌詞カードをコピーし、意味が分からないながらも(当時は「マニキュア」というものが何なのか分からなかった)、一緒に歌っていた。
とても大事にしていた、緑のラベルを貼ったカセットテープ、カラフルなノートに貼付けた歌詞カード。当時の一番の宝物だった。

全てを、いつかは失ってしまう事は分かっていた。
これは10歳の一人の少年の直感として。
今どんなに好きで大事にしていても、いつかは気持ちが薄れて他に移ってしまう。宝物はガラクタに変わり、いつかはなくしてしまう。どんなに愛していても、それを失って平気になってしまうのだ、いつかの自分は。
それはとても悲しい事だけれど。
だから少年はタイムカプセルを埋めた。

彼の直感の通り、僕は中学、高校と進むにつれ南野陽子熱は薄れ、あのカセットテープも歌詞カードもカレンダーさえも、幾度かの引っ越しに紛れてなくしてしまった。そしてなくした事さえ、気づかなかった。思い出しもしなかった。そして十何年の月日が流れて、そして。
新蔵行路の長い長い道のり、無人の荒野で、
僕は少年が埋めたタイムカプセルを15年ぶりほどで掘り出した。

少年のタイムカプセルとは、カセットだとかノートだとか、形ある物がいつか消えてしまうのなら、全てを頭の中に、記憶として、叩き込んでおく、というものだった。そうだ、そういえばあの頃の僕はノートを見ながら必死で歌詞を暗記していた、覚えているかどうかのチェックを定期的に行ってさえいた。苦手な所は百人一首式に関連づけで覚えていた。

そして、深夜の新蔵行路にて。
南野陽子のシングル、デビューシングル「恥ずかしすぎて」から「さよならのめまい」、当時の最新シングル「涙はどこに行ったの」まで、ほぼ完全に歌う事に成功。ちょっとびっくりした。
こんな無人の荒野で果たした懐かしい再会。
こんなに南野陽子を愛しく思っていた、小学生だったあの頃の、僕。

少年よ、どうか教えて欲しい。
今抱えている数々の愛おしいものさえ、
僕はまた全て失ってしまっているのだろうか?
いつかの僕は。