このアリという街はチベット旅行者にとって大きな意味がある。
みんながアリを目指す(目指した)と言っても過言ではない。

その前に「チベットを旅行する」ということについて触れると、個人旅行者は、原則、入れない。
ツアーという形で異常に高いバス、飛行機チケット、を買わなくてはいけない。
(旅行許可証の値段が入っている)
しかし、バックパッカーでそんな事をする人はあまりいない。
たいていの人はゴルムドから闇バスを使ってラサ入りする人が多い。
(あとはネパールから、雲南地方から、という手もあるがマイナー。)

しかしせっかく闇バスなどでラサ入りをしても、チベットのメインであるカンリンポチェ、グゲ遺跡などへはまだ遠い。今度は西チベットの旅行許可証を取得しなくてはならない。
その取得できる場所というのが、「アリ」。だからみんながアリを目指したのだ。
僕は西チベットをゆっくり堂々と旅行したかった、公安や検問に怯えながらヒッチハイクで西を目指すというのが嫌だったので、真っ先にアリに行ける新蔵行路に目をつけたというのがその理由。

しかし2005年から急に事情が変わって。
カンリンポチェやその途中の街は外国人にも開放されたらしい。(グゲ遺跡はまだ)
それなら簡単にゴルムドから闇バスでラサ入りしようか、とも考えたが。
チベットからネパール、インドへと抜けるつもりなので、ゴルムドからチベット入りすると
新橿ウイグル地区に行けない。パキスタンからカシュガルに戻る事もできるが、、、

グラデーション。
中国の儒教、(文革によって崩壊している?)
新橿ウイグル地区のイスラム教、
そこからチベット仏教、そしてインドのヒンドゥー教
こんな壮大なグラデーションの中を、自分を歩かせてみたかった。

そして入念な計画を立て始める。