3月7日は私の誕生日でした。

リネアストリアでは、誰かの誕生日には

日本オフィスと韓国オフィス両方でケーキを買い、FACETIMEでつないで

全員で誕生日をお祝いする、という文化があります。

前日の3月6日にバースデーパーティーをしていただきました!

みんなありがとう!!



ということで、37歳になりました。

ちょうど10年前、2005年3月7日の誕生日には、

万華鏡をもらったなぁと思い出しました。

あれから10年、数えたわけですか、、、

10年後には47歳。。。

信じられません。



来週は東京に行きます!

この半年くらい続いている大好きな方との

ウィッグコラボレーションがようやく実現しそうです!

本当に楽しみ。早く発表したいけれど、もう少しお待ちください。



今日、3月8日はある俳優さんの6回忌でした。

僕の誕生日の翌日なので、いつもなんとなく覚えています。

僕はこうして年を重ねていくのに、

彼は永遠に21歳のままで。

ずるいような、惜しいような、なんでかなぁと考えてしまいます。

当時の僕の日記を読み返してみました。

いろんなことは忘れていくけれど、

大切なことはやっぱり忘れていないと思います。



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(2009年3月8日の日記)

窓際の席、頬杖つく彼の横顔をよく見ていた。

まだ僕が俳優だった頃、TBSの「ヤンキー母校に帰る」という連続ドラマで、彼と一緒だった。
同じ3年C組。
一番後ろの席だった僕の斜め前の窓際、そこに彼はいた。
あれが2003年の秋から冬。
5年以上の歳月が流れて昨日、彼は死んでしまった。

僕と彼は学園ドラマの中のいわゆるその他大勢で。
市原隼人くんとか、加藤夏希さんとか、SAYAKA(松田聖子の娘さん)たちに比べるとセリフも少なく、画面にもあまり映らなかった。
彼の役作りは、登校拒否になった、ひきこもりの北村慎吾役。
僕はメガネ小僧、みたいなまあ、地味な八十島彰役。
さらに、慎吾と彰の席は、加藤夏希さんのすぐ横で、、、
カメラマンさんが横からの加藤夏希ヌキ(アップね)を取りたい時は、
「ごめん、慎吾、彰ちょっと外れて」と、外に出されてしまう、そんな僕たちだった。

役柄、カメラをずっと持っていた僕は、リハーサル中なんか、
よく彼の横顔を撮っていた。
気づかれると「アキラァ」と振り返った。
役作りからか撮影中はずっとうつむいてたけど、
休憩時間なんかはよくしゃべる彼だった。

一度、お兄ちゃんの話をしてしまったことがあった。
一応、僕の中では話題にはしないようにと気を遣っていたのだが。
彼もオーディションに受かってドラマに出ている訳で、兄の七光りでもなんでもないのだから。
たまたま当時彼の兄は海猿という映画に出てて、僕の友達もそれに出ていて。
そんなこんなで彼のお兄ちゃんの話になったのだが、
彼は嫌な顔もせず、嬉しそうに兄の話をしてくれた。
ちびノリダーのエピソードまで披露してくれた。
僕に気を遣って嬉しそうに話したのだろうか。
でもなんだか、話し馴れ過ぎている、そんな気がしたのを覚えている。

こんなこともあった。
ドラマが回を進めて後半になっても、
セリフが少ない僕は彼にグチを言った事があった。
彼もまだ一度も台詞がなかったのだ。
彼は曖昧に笑いながら、「でもいい作品だよね」と言った。
当時彼はまだ16歳だったんだ。

人が死ぬことは、そんなに不思議な事じゃない。
世の中、死んだ人の方が多いんだもの。
それよりも出会えて、彼が僕の斜め前に座っていた事が、
なんだか本当に不思議だなあと思う。
一緒にロケバスに揺られて、一緒に弁当を食べていた日々。
ほんの一瞬、3か月間程の、
彼の人生とクロスしていた日々。

彼を飲み込んでしまった風景は彼だけが見ていた景色だから。
それについてはとやかく言えない。
ただ今は彼の21歳の人生が、四季に彩られた彼だけの旅路であった事を祈る。

彼が迎えた、21歳の最後の土曜日。
僕は31歳になった。

合掌。

伊藤隆大。
安らかに。
またどこかで。