(琴引公園内の琴弾山の中腹にあり、68番と69番ふたつの札所が同じ境内にある珍しい霊場)
 
 
〈四国霊場第68番・神恵院(じんねいん)〉
 
 香川県観音寺市八幡町1-2-7
 
仁王門は神恵院、観音寺の共用。
瞳がちょっと可愛らしい仁王像。
 
神恵院を開基したのは法相宗の高僧・日証上人といわれている。大宝3年(708)この地で修行中、宇佐八幡宮のお告げを受け、かなたの海上で神船と琴を発見し、琴弾山に引き上げ『琴弾八幡宮』を建立して祀りました。このとき神宮寺として建てられたのが寺の起源とされています。
 
 
大同2年(807)弘法大師が琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来を描いて本尊として祀り、称号を『神恵院』と改めて六十八番札所とされた。
 
 
明治初年の神仏分離令で八幡宮は琴弾神社と神恵院に分離され…神恵院は観音寺の境内に移転した。
 
ひとつの境内にふたつの札所があるのは此のような経緯なんですね。
 
大師堂
神恵院の本堂は神恵院の大師堂と観音寺の大師堂の間の奥に位置している。
 
 
御朱印
 
御影
本当に極楽浄土につれて行ってもらえそうな優しいお顔立ち(^^)
 
 
 
〈四国霊場第69番・観音寺(かんのんじ)〉
 
 
 
創建された頃の寺号は『神宮寺 宝光院』と称していたそうで…大同2年(807)弘法大師は琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来を納めた時、この寺の第七世住職となって入山されたと伝わる。大師は琴弾山の中腹に、奈良の興福寺に倣って中金堂、東金堂、西金堂の様式で七堂伽藍を建立し、この中金堂に本尊とする聖観世音菩薩を彫造した。さらに仏塔を建てて、瑠璃、珊瑚、瑪瑙などの七宝を埋め地鎮したことから寺名を神宮寺から『七宝山 観音寺』に改めて霊場と定められた。
 
観音寺の本堂は金堂とも呼ばれ、室町時代の建築で国の重要文化財に指定。
 
 
 本堂の最古の落書き
 『常州下妻庄…貞和三年(1347)…』などと書かれ、貴重な遍路文化の資料。
(四国霊場HPから写真お借りしました)
 
 
 
観音寺・大師堂
 
彫刻が印象に残った鐘楼。
 
 
安永四年乙未年(1775)二月十八日
 
 
石燈籠
寛政三年辛亥年(1791)
 
 
御朱印
神恵院も観音寺も納経所は一緒なので、同じ方が2霊場書いて下さいます。
 
御影
おんあろりきゃそわか
 
 
すごく暑かったけれど…境内美しく掃除され、とても気持ちの良いお寺でした。
 
 
 
 

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