〈四国霊場第48番・西林寺(さいりんじ)〉
 
 愛媛県松山市高井町1007
 
 
縁起によると…天平13年(741)聖武天皇の勅願により行基菩薩が伊予に入り、国司・越智玉純と共に一宮別当寺として堂宇を建立したという。その地は現在の松山市小野播磨塚の辺りの『徳威の里』とされ、十一面観音菩薩像を彫造して安置した。
 
 
大同2年(807)弘法大師が四国の霊跡を巡礼した際にこの寺に逗留した。その時に大師は国司の越智実勝と協議して寺を今の場所に移して四国霊場と定め、国家の安泰を祈願する道場となった。
 
西林寺は伊予の関所寺で、邪悪なものが仁王門をくぐって境内に入ると無間地獄に落とされると伝わる。
仁王門は天保14年(1843)の再建。
 
仁王像は…なんだか愛嬌があり…。
吽像は…瞳がうるうるしているように見える(個人の感想です)
 
 
江戸時代、寛永年間(1624〜1644)火災で堂塔を焼失し、元禄13年(1700)に一部再建、宝永4年(1707)には中興の祖・覚永法印が村民の雨乞い祈願を成就して、松山藩に帰依され、本堂と鐘楼堂の再興に尽力した。
 
本堂の御本尊は秘仏。
本尊の力が強すぎる為、後ろ向きに安置されているという。(まさかのすごいパワースポットだったのか…笑)
 
大師堂は平成20年(2008)の再建。
 
手水鉢…寛政七卯年(1797)十月吉祥日
 
 
十三重石塔
仏様のひとつが安倍晋三元首相にちょっと似ているような、似てないような…。
我が故郷山口県では県民葬が行われたみたいですね。
改めて…ご冥福をお祈りします。
 
 
御朱印
 
御影
おんまかきゃろにきゃそわか
 
こちらが…パワーが強すぎて後ろ向きにお厨子におさめなければならなかった十一面観音菩薩。
 
お札からでもパワーいただけそう☆
 
 
 
 

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