〈四国霊場第49番・浄土寺〉
 
 愛媛県松山市鷹子町1198
 
 
縁起によると…天平勝宝年間に孝謙天皇の勅願所として恵明上人により(行基菩薩が彫造した)釈迦如来像を本尊として祀り開創された。
 
 
もとは法相宗の寺であったが、後に弘法大師がこの寺を訪れ、荒廃していた伽藍を修復し真言宗に改宗した。
 
迫力の仁王像。電王のモモタロスに似てる♡
 
 
空也上人が四国を巡歴し、浄土寺に滞在したのは平安中期で天徳年間(957〜961)の3年間で、村人達への教化につとめ、布教して親しまれた。
 
 
鎌倉時代の建久3年、源頼朝が一族の繁栄を祈願して堂塔を修理した。しかし王永23年(1416)の兵火で焼失、文明年間(1464〜1687)に領主・河野道宣が再建した。
本堂はその時のもので…国の重要文化財に指定。
 
 
本堂には空也上人像(国の重要文化財)が安置されているけれど…見ることは出来ない。
 
(『歩き遍路の旅』の映像から)
 
腰のまがった痩せた身に鹿の皮をまとい杖をつき鉦をたたきながら行脚し「南無阿弥陀仏」を唱えるひと言ひと言が小さな仏となって口から出る姿。
 
天徳4年(960)空也上人の自作らしい…。
 
空也上人像といえば…京都の六波羅蜜寺が思い浮かぶ…。
 
大師堂
 
安永三年(1774)
 
 
石燈籠
安政三年丙辰歳(1856)
 
 
御朱印
 
御影
 
 
空也上人って…諸国を行脚しながら、野ざらしの骸があれば火葬して弔いながらの旅聖やったのですね。
 
 
 
 

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