〈四国霊場第52番・太山寺(たいさんじ)〉
愛媛県松山市太山寺町1730
太山寺…駐車場から歩いてすぐの所に納経所があるのだけど…国宝の本堂などがある境内は250mほど急な坂道を登らなければなりません。
途中に民家が現れるので…(8月はめっちゃ暑かったし…)本当にこの先にあるの?と思いながらも汗を拭き拭き歩いて行って、石標を見つけて安堵(^^)
日陰に入ると若干暑さもマシになった…(^^)
しかし…四国霊場のお寺は甘くない…この石段を登ってやっと境内です。(暑くなければ、このくらいの石段はどうってことないのだが、なにより暑さがネック)
つべこべ言わずに登ります。
立派な四天王門は…天和3年(1683)の再建。
四天王像も門と一緒の作でしょうか…だいぶ劣化している様子。
ガーン∑(゚Д゚)お顔と手が無い…。
太山寺は縁起によると…開基とされる真野長者が一夜にしてお堂を建てたという。
真野長者は豊後(大分)でふいごの炭焼きをしていたが、神のお告げで久我大臣の娘・王津姫と結婚し、以来運が開けて大富豪となった。
用明天皇の時代に商いの為に船で大阪に向かう時、大暴風雨に遭い、観音様に無事を祈願したところ、高浜の岸で救われた。この報恩にと一宇の建立を大願し、豊後の工匠を集めて夜を徹して堂を組み上げたのが太山寺の最初の本堂であったそう。
現在の本堂は3代目。
嘉元3年(1305)松山城主・河野家が寄進したもので…桁行7間、梁間9間の入母屋造り本瓦葺き。国宝に指定。
御本尊の十一面観音像は…天平11年(739)聖武天皇の勅願を受けて行基菩薩が彫像し、その胎内に真野長者が龍雲山で見つけた小さな観音像を納め本尊にしたといわれる。
弘法大師は晩年の天長年間(824〜834)に訪れ、護摩供の修法を行い、それまでの法相宗から真言宗に改宗された。
南無大師遍照金剛
四天王門前の石燈籠
寛政十一年(1799)
百度石
嘉永七寅年(1854)葉月吉祥日
鐘楼堂の鐘
永禄3年(1383)
お参りを終えて…やっと納経所へ。
納経所の石標は江戸時代のもの。
文化七年庚午(1810)
涼しい納経所でクールダウンさせていただいた(^^)
御朱印
御影
美しい十一面観音立像。
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