鶴林寺の境内で出会った…中務茂兵衛の石標。

(奥の大きい石標)

一七九度目の巡礼であることが記されている。
中務茂兵衛が建てた石標の中で最も大きいそう。


周防國大島郡椋野村(現・山口県周防大島)出身の中務茂兵衛〈なかつかさもへい〉(弘化2年(1845)〜大正11(1922))は22歳の時に故郷を出てから一度も戻ることなく、四国霊場の歩き遍路を行った人物。

その数、279回と87ヶ所(歩き遍路の最多記録なのだそう)

明治19年(1886)中務茂兵衛42歳…88回目の巡礼の頃から石標の建立を始め、四国各地で確認されているだけで243基あるという。


第3番札所・金泉寺にもあった…中務茂兵衛の石標。
(茂兵衛さんのと知らず写真撮っていた\(^o^)/)

明治廿五年十二月建立

第四番大日寺への案内とお大師様。




鶴林寺の歩き遍路道。

二十一番太龍寺まで六.六八粁。

少しだけ(百メートルほど)歩いてみた(^^)


オール歩き遍路に憧れますが…ひとりでは中々勇気が無いので、やるとしたら夫とふたりで…。となると定年まで待たなくてはならないので、(人間いつ何があるかわからないし)車や電車、バス遍路を先にやっておいて、定年後にもし夫が「やる!」と言ってくれたら…(茂兵衛さんのように279回は出来なくとも)一度くらい体験してみたいなぁ…などと考える。



お大師様が彫られた道標。

文化六年(1809)

味のあるお顔の不動明王。

年号わからず。

山門の近くにあった道標。

立江寺への案内…(逆打ちの人もいるからか)


昔から歩き遍路さんにとって石の道標はとても有難いものだったのでしょうね。

 

 


 

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