四国霊場第10番・得度山 灌頂院 切幡寺




〈切幡寺由来……古くこの山麓に機を織る乙女がいた。この地で修法していた弘法大師は結願の七日目、綻びた法衣を繕う為に布切れを所望された乙女は、織りかけてた布を惜しげもなく切って差し出した。大師はこの厚意にたいへん感動し、「何か望みはないか?』と尋ねた。乙女は「父は都で薬子の変に関係して島流しとなり、母は身籠っていたが男の子が産まれればその子も咎を受ける、どうか女の子が産まれるように清水の観音様に祈願し、やがてこの地に来て産まれたのが私です」と言い、「亡き父母に代わり観音様を作ってお祀りし、私も仏門に入って精進したい」と願いを告白した。大師は強く心を打たれ、早速千手観音像を彫造し乙女を得度して灌頂を授けた。すると乙女はたちまちのうちに即身成仏し身体から七色の光を放ち千手観音菩薩に変身した。大師はこのことを嵯峨天皇に伝え、天皇の勅願により堂宇を建てて、自ら彫った千手観音を南向きに、即身成仏した千手観音を北向きに安置して本尊としたと伝わる。
『得度山 灌頂院 切幡寺』それぞれの名称もこうした由来による〉


道標を兼ねる石仏。

切幡寺境内まで四丁。


山門まわりの石造物。

寛文十一年辛亥(1671)


宝篋印塔は肝心な年号の部分が欠けている(><)



333段を登り。

切幡山の中腹…標高155メートルの境内へ。

見えている屋根はゴールではない。

先に見える石段(><)


弘法大師像や仏様をお参りして、小休止。

イチゴ柄の前掛け可愛い過ぎる♡



昭和十四年一月(1939)



帝 花山院とある石仏。

天明七(1787)

左隣りは白河法皇とある。



石仏と常夜燈。

文政九戌正月吉日(1826)



石段の途中の石燈籠。

文政十亥春(1827)



最初『一丁』が『〒』に見えてしまい…(^^)笑

明和九辰(1772)



女やくよけ坂の石燈籠。

天保二辛卯正月吉日(1831)



男やくよけ坂の石燈籠。

延享四年丁卯(1747)


やっとこさ到着。

正面は本堂(^^)


大塔の本尊であった大日如来と奥殿に秘仏千手観音菩薩を祀る。


大師堂


石燈籠の上に鯱鉾があって面白い。



いろいろあり過ぎて…切幡寺…残りは次回に(^^)

 

 


 

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