〈四国霊場第八十番国分寺〉




創建は奈良時代の天平13年(741)に聖武天皇の勅願により、行基菩薩の開基。国家安穏、五穀豊穣、万民豊楽を願って建立された。


仁王門前の…松に抱かれる石燈籠。

明治十四 辛巳年(1881)



カッコいい仁王像。

讃岐国分寺は天正の兵火で本堂とご本尊と鐘楼を残し、ほとんどが焼失。仁王門も再建。


銅鐘は平安時代前期の鋳造と考えられ、国の重要文化財に指定。

慶長14年(1610)に登時の高松城主生駒一正が朝夕の時鐘にと、この鐘を高松に持ち帰った。しかし鐘はまったく鳴らず、悪疫が流行り、生駒氏も病に罹った。そして鐘は…「元の国分にいぬ(帰る)いぬ〜」と泣いたそうな。
それで、また鐘は国分寺に戻された。

良い音色が境内に響いていました( ◠‿◠ )


本堂は鎌倉時代中期。

国の重要文化財に指定。

本尊の十一面千手観世音菩薩は平安時代の丈六仏で国の重要文化財。ご開帳は60年に一度。次は2040年。


本堂前の石燈籠。

寳暦十一年辛巳(1761)

宝篋印塔など…。

享保三年(1718)



大日如来堂は安永7年(1778)大師堂として建立。

今の大師堂は…右奥に見える相輪のある二層の建物で弘法大師像がお祀りされている。


御朱印は大師堂で書いてもらえる(^-^)



讃岐国分寺には昔…七重塔があり、礎石が残されている。



門前の石造物。


南無大師遍照金剛

寛延元年(1748)



江戸時代の道標。

文化八辛未年(1811)


この日(3月28日)最後のお寺で、電車の時間も余裕があったので、一番ゆっくりお参りと見学が出来たのが有り難かった。



駅に戻る道で見つけたデザインマンホール☆


此方は…源平合戦の那須与一の有名なアレですね(^^)




国分駅から宿泊場所の高松へ向かいます。

 

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