いよてつ・松山市駅から約150mほどの所に石碑が建っています。



慶応3年(1867)9月17日この地で生まれて、東京の根岸で35歳の生涯を閉じた。
生家は東西の道路の南にオロ垣(竹の枯れ枝)を結い、垣の内にサンゴ樹が並んだ家であった。
(案内板を参照)

子規の本名は『常規』ですが、近親者からは『のぼさん』と呼ばれていたそうです。



生誕邸址の石碑から直ぐ近く、正岡子規ゆかりの御所柿の木もある。



平成29年(2017)子規の生誕150年を記念して、原産地の奈良県御所市の柿の木を送ってもらい植えられたもの。

明治28年(1895)子規は親友の夏目漱石と松山の『愚陀仏庵』で共に暮らした後、東京へ旅立つ。途中、奈良に立ち寄り『御所柿』を食べたことを随筆『くだもの』の中に記しています。
子規は果物が大好きで、特に柿は大好物であったそう。
俳句にも柿を題材にしたものをたくさん詠んでいる。

三千の俳句を閲し柿ふたつ

奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
( この句は曲が付けられて歌になっています♩…柿を見ると、たまに口づさむ時にある…笑 )


私は旦那の転勤であちこち行くようになるまで、奈良に17年住んでいて、第二の故郷と思っているので、なにやら嬉しい気持ちになりました(=^x^=)

 


 

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