和歌山県有田郡広川町は『〜津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産〜』として、日本遺産の認定を受けています。



〈濱口梧陵(はまぐちごりょう)〉
( 1820〜1885 )


文政3年(1820)紀伊国有田郡広村の豪商、醤油製造家として名を馳せた濱口家の分家、三代目七右衛門の長男として生まれた。
安政地震の津波襲来の時、梧陵自身も津波に押し流されたものの、幸いにして高台に漂着し一命を取り留めた。
村人を案じた梧陵は、逃げ遅れた者に安全な場所を知らせる為に道端の稲むらにに火を放った。これが『稲むらの火』のモデルになった実話。


津波の後…梧陵はさらに被災者の救済や復旧にも尽力し、百年後に再来するであろう津波に備えて、巨額の私財を投じ海岸に堤防を築いた。
梧陵は約4年間に渡ったこの大工事に村人を雇用する事によって、津波で荒廃した村からの離散も防いだ。


稲むらの火を持って走る濱口梧陵の像。



〈広村堤防〉



安政元年(1854)の津波を受け、濱口梧陵が濱口吉右衛門らの協力を得て安政2年(1855)に着工、約4年かけて完成させた。



長さ600m、基底の幅約20m、高さ5m、1572両もの私財を投じ、日払いで村人達を雇用することで人々の離散を食い止めた。



梧陵が残した「是れ此の築堤の工を起こして住民百世の安堵を図る所以なり」との言葉どおり…昭和21年(1946)の昭和南海地震では、市街地への津浪の流入を防いだ。



広村堤防は昭和13年(1938).国に史跡指定され、毎年11月5日(世界津波の日)には100年余りの歴史がある『津浪祭』が開催され、濱口梧陵の偉業を称えている。


何十年も前から、この広村堤防は見てみたかったので…今回来られて良かったです。


 

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