〈高麗陣敵味方戦死者供養碑〉

慶長4年(1599)に薩摩藩主島津義弘・忠恒の父子で高麗戦争における敵と味方の戦死者の霊を供養するために建てたもので、日本武士道の博愛精神の発露として知られるもの。
いわゆる…豊臣秀吉による文禄・慶長の役の犠牲者の供養碑です。日本の武将たちもこの戦いには辟易としている者多く、秀吉が亡くなって終止符が打たれたのでホッとしたと聞きます。
韓国時代劇の『王の顔』では、秀吉の朝鮮攻めの様子が描かれていて…主役のソ・イングク演じる光海君(かんへぐん)が秀吉軍とよく戦って、撤退にまで追い込みます。
多くの死者が出ただけで…なんの徳も無かった戦いだなぁと私は認識しています。
この供養碑を建てた薩摩の島津家もそんな想いで、無念の死を遂げた者達を弔ったのではないでしょうか。
〈苔が美しい五輪塔〉

五輪塔は…日本では平安末期から供養塔や墓として多くみられるようになるが、インド、中国、朝鮮には無いので、経典の記述に基づき日本で考案されたものとの考えが有力なのだそう。
高野山を復興した覚鑁上人の著書『五輪九字明秘蜜釈』は日本に五輪塔を普及するきっかけとなった。
それで高野山奥の院にはこんなに五輪塔があるんですね。
興味を持っていろいろ調べていくと勉強になりました。
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