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1903局目:京都御駕篭【きょうとおかご】郵便局(京都市伏見区御駕籠町89-4)

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ここから10月24日に行ってきた京都伏見~宇治ちょびっと郵貯旅。

御駕篭…江戸時代お駕籠持ちが住んでいた町でしょうか…そんな気がします。


御駕篭局から少し西に歩いた所には…薩摩島津伏見屋敷跡があり、石碑が立っています。

☆説明文…「江戸時代、ここに薩摩島津家の伏見屋敷がありました。徳川将軍は、3代家光以後、約230年江戸にこもり京都にやっできませんでした。そのため原則として諸大名にも上洛を禁じました。西国大名が参勤交代のため江戸と本国を往復する時は京都ではなく、伏見を通ってゆきました。島津家も例外ではありません。少なくとも寛文10年(1670)までにはこの地に屋敷を営み、江戸と薩摩を往復する際の当主の滞在地としました。のち、13代家定の正室となる篤姫(天璋院)も、薩摩から江戸に向かう途中の嘉永6年9月29日(1853年10月31日)この屋敷に入りました。(途中篤姫の下り少々省略)…慶応2年1月23日(1866年3月9日)深夜、南浜町の寺田屋で、土佐亡命志士坂本龍馬が薩長同盟成立の重要人として伏見奉行所役人の襲撃を受けます。重傷を負いつつ脱出した龍馬は濠川沿いの材木納屋に潜伏、妻お龍や長府毛利家臣の通報により、薩摩伏見留守居役大山彦八に救出されこの地に避難しました。龍馬が大政奉還、新政府綱領人策などに関わるのはこれ以降のことで、もしこの地に救出されなければ、以降の幕末史は違うものになっていた。…歴史地理学者・中村武生」

すごく解りやすい説明文で感動しました(^_^)

薩摩島津家屋敷跡は現在…地元の酒造屋さんになっています。





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