こんにちは。じゅんせいです![]()
人生どん底ジャーナル8日目です
お金と縁が無くなって苦しい人生
今日の気づきを書き留めます。

お金と自分をつなぐ旅
ずっと探していたものがある。それは「お金」です。
お金を得たいという願望は私の心に強くあるものの、それはどこか遠い存在のような気配があった。特に、独立して自分でビジネスを始めてからは、手を伸ばせばすり抜け、まるで霧のように形を変え、手元には何も残らない。そんな思いを繰り返しながら、目の前に立ちはだかる壁に、何度も打ちのめされた。
ある日、ふと感じた。この壁を作っているのは、もしかしたら自分自身かもしれない、と。お金を得るのは難しいもの、得られないもの、自分には無関係のものである。そんなふうに、お金に対する思い込みが、自分とお金の間に大きな溝を作っていたのかもしれないと気づいたのだ。
「何が自分をこんなにも、お金から遠ざけているのだろう?」
私は自己対話を始めた。自分に問いかけ、思い返し、少しずつ、心の奥に眠っていた幼い頃の記憶が蘇った。幼い頃、家にはお金がないと両親から聞かされたことが何度もあった。家計が苦しいと聞き、幼心に、「お金は得るのが大変で、貴重なものなんだ」と理解した。そして、いつしか「お金がないと、自分には価値がないのかもしれない」と感じるようになっていた。
「だからお金を得ることにこんなにも困難さを感じていたのか」
自分の価値が、お金のある・なしで決まるわけではないと頭ではわかっていても、心の深い部分では、なぜかその思いが根付いていた。それが、まるで頑丈な鎖のように自分の意識に巻きつき、お金に対する強い劣等感や、自己否定の感情を引き起こしていたのだ。
そして気づいたもう一つのこと。
自分の心には、そんな「お金を得られない」という悲壮感を「楽しんでいる自分」もいたことに。
「悲しいけれど、その悲しみを手放せずにいたんだな」と、今までの自分に語りかけるように、そっと感じた。
心の奥底で抱えていたその思い込みを、解きほぐしてみよう。
そう思い、まずは自分を受け入れることから始めることにした。お金を得られない自分、何をしても結果が出ないと感じている自分、そんな自分も存在してよいのだ、と。お金を得られないことに悲しみを感じ、絶望を抱いた自分も、その瞬間はただ必死だったのだと、ありのままを認めた。
すると、少しずつ、その重い鎖が外れていくような気がした。無理に「お金は簡単に手に入る!」と信じようとするのではなく、「お金は、何かの価値を伝える手段のひとつ」だと捉えられるようになったのだ。そしてお金は、他人への貢献や、喜びの表現でもある。自分の価値も、無理にお金で示そうとせず、自分の存在そのものが価値を持つと感じるようになった。
お金に対する考え方が変わると、自然と行動も変化した。
誰かを助けたいという純粋な思い、誰かに笑顔を届けたいという温かな気持ちが、心に芽生えてきた。そして、それが真の豊かさに繋がるのだと、深く理解した。
「お金がないから、得ようとするのではなく、今の自分が他者にどんな価値を提供できるかに意識を向けよう。」
その瞬間、ようやく、自分とお金の間に橋が架けられたような感覚がした。
これらの自己対話、内観、気づき、行動の変化を通して、お金と自分とが再び結びつけるように日々行っています。しかし、意識や行動を変えても直ぐにお金が目の前に現れるわけではなく、今でも支払いの工面を余儀なくされています。
お金との繋がりが再びできる日を信じて今日も生きています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回はお金に対する自分の正直な思いを書きました。
一緒につながってくれる仲間がいると心強いです。
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じゅんせい
