マラソンは遺伝的な要素よりも努力の要素の方が大きく影響するといわれる競技だ。

自分は37歳になる少し前から走りを始めて、37歳のホノルルマラソンで初めてフルマラソンを走った。

そのときのタイムは3時間50分台だったと思う。

ランナーではない友人にホノルルマラソンへ出ることを話したときに「マラソンで4時間を切ることをサブ4って言うらしいよ。市民ランナーとしては、その4時間を切れるというのがステータスなんだって」と聞いた。

初めてのフルマラソン前に、ロードだと思うけど、最長距離は25kmまで走った。

これは当時、自分なりに調べてみたところ、完走するためには25kmは練習で走れないと…みたいな記事を読んだから。

当時は知識レベルも低かったので30km走なんて考えになかったし、素人が練習でそんな長い距離を走ったら膝を壊してしまうと思ってた。

でも、なんとか完走して、それも4時間を切ってゴールできた。

しかし、ホノルルマラソンの後半、ハワイカイをすぎてから復路のハイウェイに入った時に女性ランナーに抜かされて、その後姿がどんどん小さくなっていった悔しさは今でも忘れない。

とても屈辱的な光景だった。



フルマラソンを完走できたことで、次なる目標はタイムに移行した。

当然、次は3時間切りを目指したいと思った。

色々と調べて、自分なりに走る距離を増やしたり、色々と工夫してみた。

当時のランナーズという雑誌に、サブ3(3時間切り)を目指すクラブが紹介されていたんだけど、毎週30km走を行っていると書いてあった。

それなら30km走を週に2回やれば、確実にサブ3を達成できるんじゃないか?と単純に考えて、毎週水曜日の夜の皇居6周回+土曜日の練習会で30kmを踏むようにした。

当時はまだ30代だったから、それでも回復できたんだ。若かったよなぁ~(笑)。

とはいえ、水曜日の皇居6周はノンストップ、つまり無補給な訳で、かなりキツかった。

ランステを出てからアリナミンVとポンジュースを飲んで帰る(これはどこかの整体師さんがブログのコメント欄で教えてくれた)のだけど、横浜駅からは電車を待って座って帰りたくなることもあるくらいだった。

そんなことをやっていたら、初マラソンから11か月後の2008年11月に、練習がてら走った湘南国際マラソンにて2時間56分台で走り切ってしまった。

本命レースはその後のつくばマラソンだったのに…。

脚がしっかりできていれば、そのくらいのタイムはポンと出てしまうものなんだな。

たしか、この時の感覚では江の島の折り返しでは全然疲れておらず、楽々走れていた。

でもって練習ゆえに30kmすぎでも苦しいという感じはあまりなく、そのまま淡々と走っていたら56分だった…と。

ちなみに、湘南国際マラソンの後のつくばマラソンでは2時間58分台だった。



ランニング経験ゼロで、走り始めて1年10か月くらいでサブ3が出せるんだから、要は素人なんて距離を踏めばタイムが出ると思うんだな。問題は、距離を踏むと故障しやすくなるってことなんだけど…。

もっとも、自己流で練習をやっていたので、どこかのランニングクラブに入って指導を受けていればサブ3まで1年11か月もかからなかったかもしれない。

ちなみにサブ3を達成した湘南国際マラソンは、人生2度目のフルマラソンだった。



その翌年はさらに努力を重ねたものの、2009年は2時間50分台のタイムまでしか伸びなかった。

このあたりから、自己流の限界を感じ始めた。

とはいえ、自己流で練習して2時間50分というのは意外と凄いことなんだと、今では思う。

まぁ、若かったからかもしれないけど(笑)。

そして2010年の暮れから、e-Athletesのメールサポートを受けるようになった。

…が、その数か月後の2011年3月17日に、自室でストレッチしていて内側広筋を肉離れしてしまった。

その後の数か月はリハビリ中心で、練習もへったくれもなかった。

たしか、5月の第一土曜日に月例の皇居ランに参加したんだけど、キロ7分のLSDペースでさえも苦しくて、患部が引き攣れて痛かった。

ジョグ&ウォークでなんとか皇居一周を回ることができた。



2011年をそんな感じで過ごしていたものの、地道にやれることを繰り返していった結果、翌2012年4月のかすみがうらマラソンで2時間46分台が出た。

しっかり積み上げていけば、1年ほどで走力は回復どころか向上することがわかった。

…が、その後はガシガシと毎年走るものの、毎年のように故障してしまって記録が伸びなかった。

というよりも、まともに自己ベストを出せるだけの脚を作ることができなかった。

2012年の秋~冬、2013年の秋~冬、そして2014年の秋~冬と、3シーズンも記録が出せない状態が続き、これはなんとかしないといけないと思った。

2014年の暮れに、日清食品の佐藤悠基選手の考え方を知った。

曰く、長距離種目は練習を継続させることが何よりも大切なのだと。

少しでも不調を感じたら練習をやめて、次の練習がしっかり行えるようにすべきだと。

同じ頃に、川内優輝選手の考え方にも触れた。

実業団選手は薄いソールのシューズを履いて故障しているが、練習はGT-2000のようなクッション性の高いシューズで行うべき…と。

それらの考えを取り入れて、2015年の春にアシックスのGT-2000を導入。

併せて少しでも不調を感じたら練習を止めたり、筋の凝りが出てきたらスポーツマッサージへ行くようにした。

結果的に2015年の秋に自己ベストを3年半ぶりに4分ほど更新、つくばマラソンで2時間42分51秒が出せた。



そのつくばマラソンの後の不調については先日書いたが、脚の状態(疲労度)や走力を無視して「このくらいのペースなら踏める」と勘違いし続けたことが間違いだった。

さて、2016年秋冬のシーズンに向けて新たなる取り組みが始まった。

今シーズンは、昨年と同じように「40kmを当たり前に踏める脚」を作りつつ、補強の筋トレ+動員する筋量を増やすべくスピード強化に努めたい。

もちろん故障のリスクが高まるので、ケアはしっかりやらなければならない。

補強の筋トレで強固なボディを作りつつ、あとは軽量化かな。

無理なく長期でじわじわと体重を減らしていきたい。

2015年つくばマラソン以降、昼飯の炭水化物量を減らしたのもよくなかったように思う。

ここは無理せずにしっかりと食べて、回復させるようにしなければ。



<2016年シーズンの取り組みへ続く>